日本の方言

日本語の方言

A【方言の成立】−徳川宗賢
過去千年、あるいは数千年の日本人の歴史を通じて、各地域社会の経済規模は小さく、交通は著しく不便であり、人々は、各地で自給自足の的な小社会を営んできたと考えられる。一方、言語は、人間の創造力は伝承の不確かさなどによって、不断に変化する。かりに過去のある時代に日本全国のことばに統一があったとしても(もとから地域差があったならなおさら)、このような社会基盤に立っては、言語はそれぞれ多様に変化して、方言が発達するのは当然である。隣接地域との同化は、分化と平行して常に進行するが、同化の中心との距離の差によって、周辺地域相互間の差が必然的に生じてくる。近世以前の社会を考えるとき、十分に実証できるかどうかは別として、政変・生産方式の改変・医療の進歩などにもとづく移住や繁殖・飢饉・疫病・戦争・大災害などによる繰り返しのあったことにも、注意する必要がある。江戸時代の閉鎖的な封建幕藩体制は、日本語の地域的変種である方言を、特に発達させたといわれている。しかし、そういう面もあったろうが、方言の歴史はさらに遠く、一方、江戸時代は、交通の発達・生産圏の拡大・識字率の増加などを通じて、近代への橋渡しの時代であったことも、忘れてはならない。

B【方言の記述】
上代・・『万葉集』の東歌−関東方言−
中世から近世・・『日葡辞書』
ロドリゲス『日本大文典』『日本小文典』
近世・・越谷吾山『物類称呼』−日本初の本格的な方言辞典−
本居宣長『玉勝間』−古いことばは地方に残る−
近代・・柳田国男『蝸牛考』−「方言周圏論」−
全国の蝸牛を表す語表現を比較検討すると、デデムシ系が中心地域にあり、その周囲をマイマイが囲み、その外周をカタツムリ系が、さらにその外側をツブリ系の表現が取り巻いている。この同心円的分布から、中心を発した新しい表現が次々に波及したプロセスを考えて、「方言周圏論」と名付けた。
明治末・・国語調査委員会の方言調査報告
(東部方言)         (西部方言)
未来  うけよう(受)        うけう
    こよう、きよう(来)     こう
    しよう(為)         せう
打消  ない             ぬ・ん
    なかった           なんだ
    ないで            いで
なければ           ねば
命令  ろ              よ・い
指定  だ              ぢや・や
活用  払つた            払うた
    読ました           読ませた
    寒くなる           寒うなる

C【方言区画】

1東部方言

a北海道方言
東北方言の特徴が多く見られる。
明治時代に多くの人々が全国から移り住んできたために、共通語も多く見られる。
起キレ(起きろ)・受ケレ(受けろ)・−ベ
シバレル(ひどく冷える)・タイシタ(とても)・ハッチャキコク(夢中になる)・イタマシイ(惜しい)・シタッケ(でも。じゃ。別れの挨拶ことば)・シタケド(だけど)・−ショー(−でしょう)

b東北方言
北東北と南東北とで違いが見られる。
シ・ス・ジ・ズ・イ・エの区別があいまいで、「ズーズー弁」と呼ばれることがある。
格助詞「サ」(東京さ行く)・推量・勧誘の「ベー・ペ・ベ」・指小辞「コ」(馬ッコ・皿ッコ)
ショーシー(恥ずかしい)・メンコイ(かわいい)

c関東方言
東関東(栃木県・茨城県など)と西関東(東京都から山梨県東部まで)とに分けられる。
「ベーベーことば」と言われる。
意志・推量表現「ベー・ペ・ベ」・シル(する)・キナイ(来ない)
アケー(赤い)・クレー(黒い)・ハタエ(畑)

d八丈島方言
西部方言的なものが見られる
イキンナカ(行かない)・イキンジャララ(行かなかった)・イカラ(行った)・
イクノーワ(行くだろう)・イコワ(行く)・イコトキ(行くとき)・イコンテ(行くから)・
イコゴン(行こう)
アカキャ(赤い)・アカケリンゴ(赤いリンゴ)・アカカララ(赤かった)
キニーハ アメカ フラレ(昨日は雨が降った)

2西部方言

a北陸方言
新潟県佐渡島富山県、石川県の越前東部などで使用されている。
近畿方言と共通する特徴が多く見られる
「ゆすり音調」(ことばの最後を長くのばしたり、高く発音したりする独特のイントネーション)が使われる。
行キナル・行キナサル(いらっしゃる)・行クマサル(いらっしゃる)・
行クマッシ(いらっしゃい)・
来ラレ(いらっしゃい)・食ベラレ(お食べなさい)
センガヤ(しないのだ)・イイガンナッタネー(いいのになったねえ)・
ドコイクガヤ(どこに行くのだ)

b甲信・東海地方方言
山梨・長野・静岡・岐阜・愛知方言に越後方言を加えたもの
山梨・長野・静岡方言では「ずらことば」が有名
東日本と西日本の特徴が見られる

c近畿方言(関西方言・関西弁・京ことば)
かつての中央語、近畿地方全域と福井県の若さ地方で話されている方言。
敬語が発達した地域
ぼくや・何や
メー(目)・チー(血)・カララ(体)・ドーキン(雑巾)・コロモ(子ども)
打消「−ヘン」書カカン・書カヘン(書かない)・来(き)−ヒン(来ない)・知らへん・おまへん
起キー(起きろ)・
書カハル(お書きになる)
ソードス・ソーダス(そうです)・オス・オマス(あります)・

d中国方言
文法的には西日本、アクセントは東京式。
「とぬきことば」が見られる。行こうと思う→行こう思う
散リヨル(進行態)・散ットル・散ッチョル(結果態)・雨ジャ(雨ダ)・
行カザッタ(行かなかった)
降るケン(降るから)・買ウテツカーサイ(買ってください)

e雲(うん)伯(ぱく)方言
出雲地方と伯耆(ほうき)地方で話される方言
東北方言に通じる発音がある
「し・す」「ち・つ」の発音の区別がない
アーマス(あります)・雨ダ・買ッタ

f四国方言
京阪式アクセントが広く分布する
四つ仮名を区別(ジ・ヂ・ズ・ヅ)
土佐方言には室町時代から江戸時代の日本語の特徴が残っている。
理由の「−サカイ・ケン・ケニ・キン・キニ」(から)・文末詞「ゼヨ」・打消過去「ザッタ」・推量の「ジャロー・ロー」・「−テオーセ・−ト−セ」(―てください)・
「−ニカ−ラン」(―らしい)・ノーダ(飲んだ)・トーダ(飛んだ)

3九州方言
中央語の古い状態を残す
二段活用の残存
クヮ(か)・グヮ(が)・シェ(せ)・ジェ(ぜ)・イェ(え)
道具「ドーグ」・今日「キュー」

a豊日方言
福岡県東部・大分県・宮崎県で使われる方言。
動詞の二段活用
−チ(て)・−ケンド(けれども)・−ケン・−キー(から)・
花グ・花イ(花が)・書キキル(書ける)

b肥筑方言
福岡県南部・佐賀県長崎県熊本県で使われる方言
動詞二段活用
形容詞カ語尾・良カ(良い)・能力可能「−キル」・水バ飲ム(水を飲む)・
花ノ咲イタ(花が咲いた)
−バッテン(けれども)・文末の「バイ・タイ」(だよ)

c薩隅方言
宮崎県の諸県(もろかた)地方・鹿児島県で使われる方言
長音がない
カガム(鏡)・ミッ(水)・クッ(くつ)
書キガナル(書ける)・読ミガナル(読める)・−ドン(けれども)
ゴワス(ございます)・モス(申す)・タモル・タモス(くださる)

d琉球方言
2から7世紀に日本祖語から分かれ、日本語の古い姿を残した面と、独自の発達をした部分とがある。
琉球王国といわれ、独自の発展をしてきた。
沖縄本島北部・南部、宮古八重山、与那国の5つの方言に分けられる。
沖縄本島では東京式アクセント、先島(さきしま)などでは無アクセント。
アミ(雨)・プニ(舟)
書カン(書かない)・書チャン(書いた)・書ツン(書く)・書チュル(書く)・
書チュレ(書くならば)・書キ(書け)