「べし」「べき」「べ」「ぺ」

 おはようございます。今回は方言の「べ」「ぺ」につながる「べし」の話からはじめたいと思います。

 現代日本語では、「べき(可き)」ということばを耳にします(方言では「べ」「ぺ」という言い方をします)。比較的、文法的に記述のしっかりとしている『旺文社国語辞典』では、
(助動詞「べし」の連体形)①当然・適当の意を表す。「来るべき人がきた」②可能の意を表す。「信ずべき筋の話」
と書かれています。「当然・適当・可能」という三つの意味があるようです。
 また、「べからず」についても、
(「べし」の打消)禁止・制止の意を表す。―てはいけない。「芝生に入るべからず」語源文語の助動詞「べし」の未然形「べから」+打消の助動詞「ず」
とあります。どうやら、文語の助動詞「べし」についてみる必要がありそうです。では、「べし」の記述を見てみましょう。ずいぶんとたくさんの意味があります。

「べし」
①当然・適当の意を表す。
妥協すべしとの意見が多い。
②意志の意を表す。
平和を維持すべく努力している。
③命令の意を表す。
明朝六時に集まるべし。
④(「べからず」の形で)禁止の意を表す。
ごみを捨てるべからず。
⑤(古)推量の意を表す。
よろづ代に年は来経とも梅の花絶ゆることなく咲きわたるべし(『万葉集』)
⑥(古)可能の意を表す。
羽なければ、空へもあがるべからず(『方丈記』)
⑦(古)予定の意を表す。
けふ踏むべき祈りども(『源氏物語』)
用法
動詞(ラ変を除く)型の活用語の終止形に付く。⑤⑥⑦ではラ変・形容詞・形容動詞の各型の活用語には連体形に付く。
参考
口語の「べし」は、文語の助動詞が文章語に残ったもので、話し言葉ではあまり使われない。文語には連用形に「べかり」、連体形が「べかる」、已然形に「べけれ」がある。

 では、次に語源である古語の「べし」(語源は「うべし(宜し)」で「なるほど・もっともだ」の意味)についてみてみましょう。古文の「べし」には、主に八つ(推量・意志・可能・当然・命令・適当・予定・義務)ほどの意味があると言われています。活用表は、
(未然形)(連用形)(終止形)(連体形)(已然形)(命令形)
‖べく ‖べく ‖べし  ‖べき ‖べけれ ‖ 〇 ‖
‖べから‖べかり‖〇   ‖べかる‖ 〇  ‖ ○ ‖
となります。例文で代表的な意味を確認しましょう。

(意志)
う・よう・つもりだ
我書くべし
(命令)
せよ・しろ・しなさい
汝書くべし
(推量)
だろう・しそうだ・にちがいない
雨降るべし
(可能)
できる
詠むべくもあらず
(適当)
がよい
夏をむねとすべし
(当然)
はずだ

「べし」の逆が「まじ」(古くは「ましじ」)だと言われています。佐伯梅友[さえきうめとも]氏は、次のような対応関係でまとめています。

べし―む
|  |
まじ―じ

他には、漢文訓読で用いられる「べけ」、音便としての「べう」「べい」「べか(ん)」、歌語としての「べみ」「べらなり」があります。

何ぞ死ぬべけんや。『今昔物語集
車より落ちぬべうまどひ給へば『源氏物語
いとほしうあるべいかな『源氏物語
うちの人々も心づかひすべか(ん)めり『源氏物語
嘆きせば人知りぬべみ山川のたぎつ情を塞きあへてあるかも『万葉集
桂川わが心にもかよはねど同じ深さに流るべらなり『土佐日記

 ことばの語源がわかると、意味がよくわかりますね。