和歌特融の語法

和歌特有の語法

 佐伯梅友氏は、岩波日本古典文学大系古今和歌集』の解説において、和歌特有の文法として枕詞・序詞・掛詞・縁語のほかに、「なれや」「らむ」「なくに」「を」「―を―み」「結果的表現」「連体修飾の場合」「いづくはあれど」をあげている。橘誠氏は、他に、「已然形+や」「べらなり」をあげている。他に考えられるものとして、
照る月の流るる見れば天の川出づるみなとは海にざりける(土佐日記)」
の「ざり」のように「ぞあり」の約まった「ざり」というものや、
春過ぎて夏来らるらし白妙の衣ほしたり天の香具山
のような「けるらし」の約まった「けらし」なども、解釈する際に注意しなければならないであろう。疑問語についても、疑問副詞の場合は結びは連体形になるが、疑問名詞の場合には、
君恋ふる涙に濡るるわが袖と秋の紅葉といづれまされり(後撰集)のように終止形で結ぶのも、和歌特有の語法であろう。


日本語学者の視点は、和歌の修辞については、福井久蔵(1927)・江湖山恒明(1955)・時枝誠記(1965)・此島正年(1969)・山口明穂(1969)などによって代表されるように、形態的考察を重視しながら、その本質に入っていくという手法をとっており、論理的にかつ、実証的に扱おうとしているのが、大きな特徴である。しかしその一方で、佐伯梅友(1958)のように、文学的な妙味も考え、自然な解釈も視野に入れながら、日本語学的に分析をおこなったり、別宮貞徳(1977)や坂野信彦(1996)のように日本語のリズムから考えたり、森重敏(1967)のように言語哲学的に扱う国語学者もいる。また、国文学者の中にも、尾上柴舟(1932)・鈴木日出男(1990)のように、日本語学的視点を重視して分析する研究者もいるのである。

(参考文献)
福井久蔵(1927)『枕詞の研究と釈義』有精堂
尾上柴舟(1932)「古今集の修辞」『短歌講座』改造社
久松潜一(1934)『中世歌論集』岩波文庫
橘純一(1935)「古今集異見断片」『国語と国文学』
阪倉篤義(1940)「比喩的枕詞」『国語国文』
遠藤嘉基・松井利男(1955)『古典解釈文法』和泉書院
大野晋(1988)『日本語の文法―古典編』角川書店
大野晋(1998)『古典文法質問箱』角川書店
時枝誠記(1941)『国語学原論』岩波書店
時枝誠記(1959)『増訂版古典解釈のために日本文法』至文堂
時枝誠記(1965)「和歌史研究の一観点」『国語学
折口信夫(1966)『口訳万葉集中央公論社
松尾捨次郎(1970)『国語法論攷』白帝社
江湖山恒明(1955)『国語表現論』牧書店
江湖山恒明(1955)「古今集新古今集の解釈文法」『時代別作品別解釈文法』至文堂
江湖山恒明(1958)「現代短歌の歌体」『国文学』
江湖山恒明(1960)「和歌の解釈と文法」『講座・解釈と文法1』(明治書院
此島正年(1966)『国語助詞の研究』桜楓社
此島正年(1969)「枕詞・序詞の形態的考察」『國學院雑誌』
森重敏(1959)『日本文法通論』風間書房
森重敏(1967)『文体の論理』風間書房
森重敏(1969)『日本文法―主語と述語―』武蔵野書院
佐伯梅友(1958)日本古典文学大系古今和歌集』―解説―岩波書店
佐伯梅友(1988)『古文読解のための文法・下』三省堂
大類雅敏訳注(1986)『権田直助 国文句読法』栄光出版
松田武夫(1969)「句切れ」『月刊文法』明治書院
松田武夫(1970)「和歌の三句めに位置する体言」『月刊文法』明治書院
山口明穂(1969)「文の切れめ・係り結び・倒置法・連体止め・省略」『月刊文法』明治書院
山口明穂(1970)「助動詞」『月刊文法』明治書院
小沢正夫(1961)『古今集の世界』塙書房
田中喜美春(1970)「和歌における『き』『けり』」『月刊文法』明治書院
橘誠(1969)「み・なくに・已然形+や・べらなり」『月刊文法』明治書院
木越隆(1969)「本歌取り」『月刊文法』明治書院
井出至(1969)「掛け詞」『月刊文法』明治書院
尾崎暢殃(1969)「序詞の発想」『月刊文法』明治書院
井出至(1967)「掛け詞の源流」『人文研究』
井出至(1977)「枕詞」『国語国文』
島田良二(1969)「枕詞」『月刊文法』明治書院
三浦和雄(1969)「序詞」『月刊文法』明治書院
上田設夫(1983)『万葉序詞の研究』桜楓社
村上本二郎(1966)『文法中心・古典文解釈の公式』学研
萩谷朴(1969)「縁語」『月刊文法』明治書院
小町谷照彦(1969)「歌枕」『月刊文法』明治書院
小町谷照彦訳注(1988)『古今和歌集』旺文社
杉谷寿郎(1969)「古今集」『月刊文法』明治書院
久保田淳(1969)「新古今集」『月刊文法』明治書院
山口正(1969)「万葉集」『月刊文法』明治書院
木俣修(1969)「短歌における近代の意味」『月刊文法』明治書院
別宮貞徳(1977)『日本語のリズム』講談社現代新書
山崎良幸(1987)『古典語の文法』武蔵野書院
塚原鉄雄(1987)『新講義古典文法』新典社
石井秀夫(1985)『古文読解のための文章吟味の公式』聖文社
甲斐睦朗(1985)「和歌・俳句の修辞」『研究資料日本文法⑩』明治書院
鈴木日出男(1990)『古代和歌史論』東京大学出版会
鈴木日出男(1999)『古代和歌史の世界』筑摩書房
中村幸弘(1993)『生徒のための古典読解文法』右文書院
中村幸弘(1993)『先生のための古典読解文法Q&A100』右文書院
片桐洋一(1999)『歌枕歌ことば辞典 増訂版』笠間書院
坂野信彦(1996)『七五調の謎をとく』大修館書店
藤井貞和(1998)『古典の読み方』講談社
吉野樹紀(2003)『古代の和歌言説』翰林書房
小松英雄(1997)『仮名文の構文原理』笠間書院
小松英雄(2004)『みそひと文字の抒情詩』笠間書院
野口元大(1986)「縁語」(『和歌大辞典』明治書院の「縁語」の項目)
加藤道理ほか(1999)『常用国語便覧』浜島書店
浜島書店編集部(2001)『東京都版・国語便覧』浜島書店
姫野昌子・伊藤祐郎(2006)『日本語基礎A−文法指導と学習』放送大学教育振興会
姫野昌子・伊藤祐郎(2006)『日本語基礎B−コミュニケーションと異文化理解』放送大学教育振興会