日本語教育での和歌の扱い

 最近、日本語教育での和歌の扱いについて調べていました。和歌について扱っているものが少なくて、途中の段階ですが、とりあえず掲載してみます。


日本語教育から見た和歌の扱い」

本稿では、外国人向けの和歌について扱ったものを概観することで、その特徴を示すこととする。姫野昌子・伊藤祐郎(2006)『日本語基礎B−コミュニケーションと異文化理解』放送大学教育振興会では、第一部が「外国人学習者用」、第二部が「日本人教師用」となっており、各課に「日本の詩歌」という箇所がある。その中で、和歌について扱っている課と、そこで取り上げられている和歌を示してみる。

○第1課・・俵万智(1962-)の短歌 二首
「寒いね」と話かければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
「この味がいいね」と君がいったから七月六日はサラダ記念日
〔話かけたとき、答える人がいる人がすぐそばにいる。とてもあたたかい、幸せな気持ちになる。〕
〔恋人にサラダを作った。恋人が食べて、おいしいと私の手料理をほめた。だから、今日は、忘れることができない、すばらしい日だ。〕
*(あたたかさ:あたたか(い)+さ)
短歌は和歌ともいいます。5・7・5・7・7の31文字から作られています。俵万智は、日常の会話体で短歌を作り、現代の人にも身近なものにしました。それで、人気があります。若い作者は、恋人がいて、うれしい、幸せだと素直に表現しました。多くの若い人たちがこの歌に共感を持ちました。
○第3課・・石川啄木(1886-1912)の短歌 二首
はたらけど
はたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざり
ぢつと手を見る

ふるさとの訛(なまり)なつかし
停車場(ていしゃば)の人ごみの中(なか)に
そを聴きにゆく

〔働いても働いてもまだ私の生活は楽にならない。苦しくてじっと手を見る〕
〔私の生まれた故郷のことばが懐かしくて、聞きたい。それで、人でこんでいる駅へ、そのことばを聞きに行く。〕
*(なつかしい=なつかしい そを=それを)
石川啄木は、東北地方の岩手県に生まれました。十代のころから東京に出て、文学の活動をしましたが、家族もいたので、生活が苦しくて、たいへんでした。結核の病気になって、27歳で亡くなりました。初めの歌では、がんばっても生活が苦しいと嘆いています。次の歌では、大都会東京の生活に疲れた、作者の寂しい気持ちが表れています。上野駅は、故郷の東北から来た汽車が着く所、そして、故郷へ帰る汽車が出る所です。故郷の人が乗っているだろう。故郷へ帰ることはできないが、そのことばを聞き、心を慰めたいと思って、大勢の人がいる駅の中に、一人で立っている孤独な作者の姿が想像されます。
○第7課・・与謝野晶子(1878-1942)の短歌 二首
清水(きよみず)へ祇園(ぎおん)をよぎる桜(さくら)月夜(づきよ)こよひ逢ふ人みなうつくしき
金色(こんじき)のちひさき鳥のかたちして銀杏(いちょう)ちるなり夕日(ゆうひ)の岡に
清水寺へ夜桜を見に行く人たちだろうか。月が出ている今夜、祇園で、すれちがう人たちはみな、いつもよりも美しく見える〕
*(うつくしき=美しい)
〔夕日に照らされた岡の上に立つ、黄葉した銀杏の木から次々と葉が散っている。金色の小さな鳥が舞っているように見える〕
*(ちひさき=小さい ちるなり=散っているよ)
与謝野晶子は、大阪府堺市生まれです。短歌の先生だった与謝野鉄幹との恋愛問題は当時有名になりました。多くの優れた、情熱的な歌を作り、そのほか、教育、女性、社会などの問題についても指導的な意見を発表し、大きな影響を与えました。与謝野晶子の歌は、情景の美しさとリズムの美しさに満ちています。
○第13課・・若山牧水(1885-1928)の短歌 二首
白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
幾(いく)山河(やまかわ)越(こ)えさり行かば寂しさの終(は)てなむ国ぞ今日も旅ゆく
〔白鳥は悲しくないのだろうか。ただひとり、空と海の青い色に染まらないで白い姿のまま、水の上に浮いて揺れている。私はまるでこの白鳥のようだ〕
〔いくつ山や川を越えて行ったら、この旅の寂しさがなくなるのだろうか。いや、この寂しさはなくならないのだ。このようにして、私は今日も旅を続ける。〕
*(哀しからずや=哀しくないのだろうか 染まず=染まらないで)
*(越えさり行かば=越えて行ったら 終てなむ=終わるのだろうか)
若山牧水は、九州の宮崎県の生まれ、恋・旅・酒・自然を題材として、多くの和歌を作りました。この二つの歌では、自然の景色の中に作者の孤独な気持ちが表されています。

与謝野晶子から俵万智まで、文語体から口語体まで幅広く採用している。このことは、近代以降のものを対象としたことを示している。第二部の「日本人教師用」の箇所は、その作者のプロフィールが詳しく書かれているもので、和歌についての記述は見当たらない。このことは、日本人の代表的な歌人を学ばせたいという意図を示すと考えられる。
この姫野昌子・伊藤祐郎(2006)『日本語基礎B−コミュニケーションと異文化理解』放送大学教育振興会は、姫野昌子・伊藤祐郎(2006)『日本語基礎A−文法指導と学習』放送大学教育振興会日本語能力試験4級レベル)の続編であり、前書きに「日本語能力試験3級レベルで、平易な日本語の説明がわかる外国人学習者を対象としている。コミュニケーション能力と異文化理解能力の養成を図りつつ、基本的な文法事項の復習と、日本の社会と文化の一端を紹介するものである」と書かれている。そのため、「日本の社会と文化の一端を紹介する」という意味で、近代以降の代表的な人物の和歌を取り上げたことがわかる。