新渡戸稲造について

新渡戸稲造について」
 前の五千円札の肖像画は、新渡戸稲造でしたね。しかし、意外とどのような人物であるかは知られていませんね。そこで、簡単に紹介してみます。
 新渡戸稲造(一八六二―一九三三)は、英語の達人で、多読の読書家として知られ、晩年は眼病で苦しみました。このあたりは、斉藤兆史氏の『英語達人列伝』(中公新書)に詳しく紹介されています。「国際人」「教育者」でした。多彩な活動であるため、「農学者」「法律学者」「外交家」「英文ライター・ジャーナリスト」「社会教育家」でした。『武士道』で日本人の精神を紹介し、西欧でベストセラーになりました。他にも啓蒙書として、『東西触れて』『修養』『随想録』『世渡りの道』などがあります。人格主義・国際主義をモットーに多数の人材を育てました。個人的には、『武士道』と『修養』が興味深く読むことができました。松下菊人氏によると、新渡戸稲造の活動は、次のようにまとめられるようです。
(一)
札幌農学校(四年間)・東大(一年間)・欧米留学(七年間)の修学の時代
(二)
三十代から四十代にかけての札幌農学校教授・京都帝国大学教授の時代
(三)
四十代後半から五十代前半にかけての第一高等学校校長・東京帝国大学教授の時代
(四)
五十代後半から六十代前半にかけての国際連盟事務局長・東京女子大学長の時代
(五)
六十代以降の、米国国内講演旅行の晩年時代(最後はヴィクトリア市で客死)