古典における非情の使役

今日は、私がかつて発見した古典の非情の使役の例をあげます。これは、私が昔提出した修士論文の一部です。

「非情の受身」については論じられることが多いが、ヴォイス(受身・使役)という立場からは「非情の受身」に対して使役においても、主格に無生物や非情のものが対応するため、もっと論じられてもよいと思われる。つまり、
○何が彼をそうさせたか。
○そのことが彼を悩ませた。
○母の死が彼女を悩ませた。
のような例がそうである。このような例を小池清治(1994)では、「非情の使役」と名付けている。この用語に従って
調査したところ、「非情の使役」と呼ぶことのできる用例が存在することがわかった。以下、その例を示してみる。調査に当たっては、『萬葉集』『竹取物語』『土佐日記』『伊勢物語』『大和物語』『古今和歌集』『落窪物語』『枕草子』『紫式部日記』『源氏物語』『堤中納言物語』『方丈記』『徒然草』を用いた。なお、おうふう『源氏物語・全』を使用し(桐壷から朝顔までを調査)、それ以外は「日本古典文学大系」によった。

萬葉集』・・4例
○佐保過ぎて寧楽の手向に置く幣は妹を目離れず相見しめとぞ(300)
○春雨の止まず降る降るわが恋ふる人の目すらを相見しめなく(1932)
○木高くはかつて木植ゑじ雲公鳥来鳴き響めて恋益らしむ(1946)
○雀公鳥夜鳴きをしつつわが背子を安眠な寝しめゆめ情あれ(4179)
古今和歌集』・・1例
○夏山に鳴く郭公心あらば物思ふ我に声な聞かせそ(巻三・夏歌・145)
土佐日記』・・1例
○若菜ぞけふをば知らせたる。
枕草子』・・1例
○いつぬき川・澤田川などは、催馬楽などの思はするなるべし。(62段)
堤中納言物語』・・2例
○又蝶はとらふれば、わらは病せさすなり。(虫めづる姫君
○わが母の常に読みたまひし観音経、わが御前負けさせたまふな。(貝あはせ)
徒然草』・・2例
○(枝は)付くる、踏まする枝あり。(66段)
○(物事は)身をやぶるよりも、心を傷ましむるは、人を害ふ事なほはなはだし。(129段)
このように、『萬葉集』『竹取物語』『土佐日記』『古今和歌集』『枕草子』『堤中納言物語』『徒然草』に「非情の使役」の例が見られた。この数字は、誤写とは考えにくい数字であるため、古典における「非情の受身」と「非情の使役」についての報告例があってもよいのではなかろうか。