明治天皇の御製歌1
明治天皇御百首
【明治天皇御百首】
「玉」
曇りなき心のそこのしらるるは ことばのたまのひかりなりけり
大意:少しも曇りの無い心の奥底(誠)の知らるゝのはまことに言葉の珠といふべき
歌の上に光となりてよく現はれて居るぞ、との御意と拝誦す。
「子」
思ふことつくろふこともまだしらぬ をさなこころのうつくしきかな
大意:おもふて居る胸の中の事共を、取り繕ふことも、未だ少しも知らぬ、幼き頃の
心は愛すべき(うつくしき)ものであることよ、の御意と拝す。
「薬」
こころある人のいさめの言の葉は やまひなき身のくすりなりけり
大意:君に対して、忠誠の心篤き良臣の諌言は、我が身に病ひはなけれども、身に取
っての良薬であるぞ、の御意と拝す。
「社頭祈世」
とこしへに民やすかれと祈るなる わがよを守れ伊勢の大神
大意:とこしへに何時々々までも、我が治めて居る国民が安くあれかしと祈って居る
我が心を知ろしめして、わが世を守りたまへ、皇祖天照皇大神よ、の御意と拝す。
「歌」
おもふことありのまにまにつらぬるが いとま無き身のなぐさめにして
大意:政事のつとめの間に、思ひ浮べたり感じたりした事どもを有りのまゝ書きつら
ねるのが、わが慰めにてある。
「歌」
まごころを歌ひあげたる言の葉は ひとたびきけばわすれざりけり
大意:真情を言ひあらはした(あげたる)歌は、一度耳にすれば、我心も其の真情に
感じて、二度と忘れることは無いものぞ。
「宝」
あしはらの国とまさむと思ふにも 青人草ぞたからなりける
大意:あしはらの大日本帝国を富まさむと思ふにつけても、第一に貴い宝はわが民草
である。
「太刀」
あだしのにいざかがやかせますらをが とぎすましたる太刀の光を
大意:仇し野の敵地に分け入りて、軍人が日頃錬へたる勇武を以て、研ぎ澄したる太
刀の光を、戦場に輝かせ、いざ輝かせと励まし給ふ御意と拝す。
「仁」
国のためあだなす仇はくだくとも いつくしむべき事なわすれそ
大意:我が国の為めに仇を為す敵は打ち砕くとも、其の半面には又其の人々に対して
残忍なる行為はなすな、仁徳の心を以て、慈愛を垂るゝことを忘れてはならぬぞ、の御
意と拝す。
「武」
弓矢もて神のをさめし国人は 事なき世にもこころゆるすな
大意:国家泰平の時に当りても、其の太平に馴れて、武の事を忘れてはならぬ、武を
以て治め給ひし皇祖皇宗の力になれる我が此の国土に生れし民は、何事もなき折とても
必ず心を許すな。
「親」
国のため斃れし人を惜しむにも おもふはおやのこころなりけり
大意:国の為め戦場に出でて敵の手に斃れたる忠勇の士卒を惜しむにつけても、家々
に取っては孝行な子を失うた親々の心は如何であらうかと、まずそれが気の毒に思はれ
るぞ、との御意。
「天」
あさみどりすみわたりたる大空の ひろきをおのが心ともかな
大意:浅緑色に澄み渡りたる此の大空の如く、宏々としたのを自分の心ともしたいも
のであるよ、の御意。
「塵」
つもりては払ふがかたくなりぬべし ちりばかりなることとおもへど
大意:僅かなる塵ほどの事と思っても、打ち捨てゝ置くならば、時の経つに連れ、積
りに積りて、終には払ふ事も出来ぬやうになるだらう、よくよく注意して悪しきことの
塵積りて山となる様なおそれのなき様に心がけなければならぬ、の御意と拝す。
「教育」
いさをある人を教へのおやにして おほしたてなむやまとなでし子
大意:国家に勲功ある人を、学校の教師にして我が国の青年子弟を教育せしめたきも
のである。
「老人」
つく杖にすがるともよし老人オイビトの 千年の坂をこえよとぞおもふ
大意:老人は仮令杖に縋って歩いても宜しいから、どうか千年までも長寿してくれよ
と思ふぞ。
「述懐」
山の奥しまの果てまでたづねみむ 世に知られざる人もありやと
大意:自分の治めて居る広いわが国には器量があり才能ある人が、其器量才能を現す
機会もなく、徒に埋れて居て、世に用ひられずに在らば、口惜しき事であるゆゑに、さ
ういふ人をば、如何なる山の奥までも、又は如何なる島の果てまでも尋ね求めようよ、
の御意。
「瀬」
さざれさへゆくここちして山川の 浅瀬の水の早くもあるかな
大意:水底の砂や小石まで、さらさらと流れて行く心地にてあるほど、山川の、浅き
瀬を流れる水の早い事であるよ、の御意。