明治天皇の御製歌2
「蝸牛」
ささやかに見ゆる家居もかたつふり ひとりすむにはことたりぬべし
大意:何処へ行くにも背に家を負ふて居る処の蝸牛の家は、ちひさく思はるゝもので
あるが、然しながら其身一つを容るゝことさへ出来れば善いのであるから、小さいので
も充分であろう。
「草」
いぶせしと思ふ中にもえらびなば くすりとならむ草もこそあれ
大意:むさくるしく心快くないと思はれる雑草の生茂る其の中にも、善く注意して選り
分けたならば必ず薬となるよい草が無いことはない、必定あらうよ。
「学校」
いまはとて学びの道に怠るな ゆるしのふみを得たるわらべは
大意:今はこれで充分であると卒業証書(ゆるしのふみ)を得て、安心をし、心を許
してはならぬぞ、小成に安んじて学問の道を怠ってはならぬぞ、ますます道を学べ、子
供等よ、の御意。
「読書」
今の世に思ひくらべていそのかみ ふりにしふみを読むぞたのしき
大意:今の世の治まりたるに古を思ひ比べて、古い書を読めば、盛衰興亡の跡や人情
の変遷が知られて、誠にたのしき事である。
「詞」
言の葉の花の色こそかはりけれ 同じ心のたねと聞けども
大意:和歌は人々の心が種となって詠まれるものであるが、誰の心とて其の誠に相違
はない、と聞くけれど、それが歌となって言葉の花に咲いたのを見ると、さて夫々様々
に変った色に出て居ることよ。
「家」
ことそぎし昔の家のつくりさま 今も田舎にのこりけるかな
大意:手を省いた(こと削ぎし)質素の造り方であった昔の家が、今の大厦高楼の家
の華美を競ふ世にも、田舎の方にはまだ残って居ることであるよ。
「島」
うしろにはいつなりにけむ漕ぐ舟の ゆくへはるかにみえし島山
大意:船に乗って行く前途に遠く遠く見えて居た島は、もう何時の間に後背になった
のであらうか、我が乗る船は何時其処を漕ぎ抜けたのであらう、思へば船脚は早いもの、
島といふものは、おもしろい景色を見せるものである、の御意。
「夏夢」
ぬばたまの夢にふたたびむすびけり 涼しかりつる松のした水
大意:夏の暑い日に暫く休んだ松の木蔭に、湧き出でゝ居た清冽の水の涼し味が忘れ
られず、その夜の夢にも再び松の下の水を掬すんだのを見たよ、の御意。
「故郷草花」
そのもりやひとり見るらむ昔わが あつめし庭の秋草の花
大意:昔我が取り集めて植ゑつけ置いた故里の庭の秋草の花を、今は園守だけが唯だ
独り眺めて居るであらうよ、の御意。
「寄国祝」
くにたみは一つ心に守りけり とほつみおやの神のをしへを
大意:上カミは皇室下は賎が伏屋の民に至るまで、みな其の心を一に協せて皇祖皇宗の
御遺訓を守り、国家の為めに力を尽すこと天晴の事満足に思ふよ、との御意と拝す。
「行」
世の中の人のつかさとなる人の 身の行ひよただしからなむ
大意:世の中の人の上に立つ頭と仰がるゝ人は、身の行為が殊に正しくありたいもの
ぞ。
「披書思昔」
しばらくはをさな心にかへりけり よみならひにし書をひらきて
大意:幼き折に読み習ひたる書物ら披いて再び読んで見れば、今更に昔読んだ懐しさ
が思ひ出されて、暫くの間は幼な心に立ち帰るよ、の御意。
「時計」
時はかるうつはの針のともすれば くるひやすきは人の世の中
大意:毎日毎日正確に時刻を打って行く時計でさへ、如何かすると(ともすれば)狂
ふことのあるを思へば、実に世の中の事は用心せぬとくるひ易いものである、との御意。
「植物苑」
わがそのにしげりあひけり外国トツクニの くさ木のなへもおほしたつれば
大意:我が国と気候風土の異なれる、外国の草木の苗も、其の栽培の法を得て、生育
てさへすれば、我が国の苑にも繁茂するものであるよ。
「宝」
つたへきて国の宝となりにけり ひじりのみよのみことのりふみ
大意:聖の御代即ち皇祖皇宗の歴代の天子の御教訓は天地と共に今に伝はって来て、
斯くの如く朕が為唯一の宝となって居るとの御意と拝誦す。
「寄道述懐」
白雲のよそにもとむな世の人の まことの道ぞしきしまの道
大意:己れの道とすべきものは決して遠き道にあらず、現に世人の踏み行く誠の道に
あり、然るに殊更に人生の他にでもあるかの如くに、遠き処を求めんとするは、愚なる
事である、決して他に求むるまでもなく敷島の道がそれである、との御意。
「夏述懐」
まつりごと出でてきくまはかくばかり 暑き日なりとおもはざりしを
大意:日々表御所なる政庁に出でゝ万機を覧る間は、斯ほどに暑い日といふことも心
付かなかったが、平素の座所に帰って見ると、心の弛むと共に常ならぬ暑さが堪えがた
く感ずるよ。
「夜述懐」
夏の夜もねざめがちにぞあかしける 世のためおもふこと多くして