高橋太郎の受身記述

高橋太郎の受身記述

高橋太郎(1985)は、ヴォイスを「たちば」として、「能動態(active voice,はたらきかけのたちば)」「受動態(passive voice,うけみのたちば)」「使役態(causative voice,つかいだてのたちば)」とし、他に「相互態」「再帰態」などもヴォイスとした。高橋太郎(1985)は、以下のように四分類を行い解説しているが、これは鈴木重幸(1972)の四分類を深化させたと見ることができる。なお、使役受身については、使役態の箇所で「使役とうけみのむすびついた使役うけみ態がある」として、例文をあげ、使役との対応でとらえるなら、「使役能動態」と「使役受動態」であるとしている。

○能動と受動の対立が典型的にあらわれるのは、直接対象をとる他動詞のばあいである。ヒトに対する働きかけのほか、モノに対するはたらきかけもある。
太郎が 次郎を なぐった。
次郎が 太郎に なぐられた。
かぜが やねを ふきとばした。
やねが かぜに ふきとばされた。
○直接対象と間接対象をとる他動詞のばあい、どの対象を主語にするかによって、ふたとおりのうけみ構文ができる。
花子が 太郎に 英語を おしえた。
英語が 花子から 太郎に おしえられた。
太郎が 花子に 英語を おしえられた。
○動作主体がモノ(ヒト)の所属先にはたらきかける動作の場合、所属物と所属先のどちらを動作対象としてとらえるかによって、能動構文か受動構文のパターンがことなる。
すりが 花子の さいふを すった。
すりが 花子から さいふを すった。
花子の さいふが すりに すられた。
花子が さいふを すりに すられた。
○日本語には、第三者のうけみ(めいわくのうけみ)というものがあって、これは、対応する能動構文とくらべて、はためいわくをうけるヒトの存在のぶんだけ多くの情報をつたえる(注)。第三者を指し示す主語が省略されることが多い。
あめが ふった。
太郎は あめに ふられた。
となりの むすこが 一晩中 レコードを かけていられた。(なお、「−している」の「いる」の部分がうけみ動詞になるうるのは、第三者のうけみの一つの特徴である。)

また、高橋太郎(1985)は、連体形に多く見られるヴォイスからの解放としての動詞の意味の変容として、以下の三つのグループを設定し、「連体形は、動詞が動詞性をうしなうのにもっとも適した機能のようである」と述べている(注)。

(1)他動性→自動性 (例)みる→みられる
(2)動作性→状態性 (例)めぐまれる→めぐまれている、おいてある→おかれてある
(3)動作性→性質性 (例)あやつる人形→あやつられる人形

高橋太郎(1990)は、有情・非情という受身構文の主語のジャンルごとの異なり(シナリオ会話では人間の主語が多く、評論では人間以外の主語が多い)について、「人間中心にものごとをとらえるたちばにたつと、ヒトとモノとが参加するできごとをあらわすばあいに、能動文も受動文もヒトを主語にしようとする傾向がつよくなり、客観的にものをみるたちばにたつと、ヒトもモノもおなじようにみようとする。その結果として、ジャンルによるちがいがでてくるのである。」と述べている。このことは、ヴォイスを「たちば」としてとらえる立場から説明したものであるといえる。