狂言と謡曲

(中世の口語資料)

太郎冠者
「これはいかなこと。もつてのほかのご機嫌ぢや。今よう見れば、これは、お台所にたくさんな傘(からかさ)ぢや。アア身共(みども)はそさうなことをした。これはまづ何(なん)としたものであらうぞ。さすが都の者ぢや。ぬかば唯(ただ)もぬかいで、ご機嫌を直す囃子物(はやしもの)を教へてくれた。あれは何(なん)とやら云ふことであつたが。オオそれそれ。笠(かさ)をさすなる春日山。これも神の誓(ちかい)とて、人が笠(かさ)をさすなら、我も笠をささうよ。げにもさあり、やよ、がりもさうよの。かうであつた。さらば囃し(はや)てご機嫌を直さうと存(ぞん)ずる。笠をさすなる春日山、これも神の誓とて、人が笠をさすなら、我(われ)も笠(かさ)をささうよ。げにもさあり、やよ、がりもさうよの」
主人
「(笑)太郎(たろう)冠者(かじゃ)が都でぬかれて来(き)をつて、某(それがし)が機嫌を直さうと思ふて、面白い囃子物(はやしもの)をしている。出(で)ずばなるまい。いかにやいかに太郎(たろう)冠者(かじゃ)」
太郎冠者
「そりやお声(こえ)ぢや」
主人
「ぬかれたは腹が立てど、囃子物(はやしもの)が面白い。まず内(うち)へつと入つて、泥鰌(どじょう)の鮨(すし)を頬(ほおば)張つて、諸白(もろはく)を飲めかし」
太郎冠者
「これも神の誓(ちかい)とて、人が笠をさすなら、我も笠をささうよ。げにもさあり、やよ、がりもさうよの」
主人
「とかくのことはいるまい、早(はよ)う来(き)てさしか。イーヤアー」

狂言『末広がり』)


「なうなう我をも舟に乗せてたまはり候へ」
渡し守
「おことはいづくよりいづ方へ下る人ぞ。」

「これは都より人を尋ねて下る者にて候ふ」
渡し守
「たとひ都の人なりとも、面白う狂うて見せ候へ、狂はずは、この舟には乗せまじいぞとよ」

「うたてやな隅田川の渡守(わたしもり)ならば、日も暮れぬ舟に乗れとこそ承るべけれ、かたの如くも都の者を、舟に乗るなと承るは、隅田川の渡守とも、覚えぬ事をなのたまひそよ」
渡し守
「げにげに都の人とて名にし負ひたるやさしさよ」

「のうその言葉はこなたも耳にとまるものを。かの業平もこの渡りにて、名にし負はば、いざ言問はん都鳥、わが思ふ人は、ありやなしやと。のう舟人」
渡し守
「何事ぞ」

「あれに白き鳥の見えたるは、都にては見馴れぬ鳥なり。あれをば何とか申し候ふぞ。」
渡し守
「あれこそ沖の鷗候(かもめぞうろう)よ」

「よし、浦にてゃ千鳥ともいへ鷗ともいへ、などこの隅田川にて白き鳥をば、都鳥とは答へ給はぬ」
渡し守
「げにげに誤り申したり。名所には住めども心なくて、都鳥とは答へ申さで」

「沖の鷗と夕波(ゆうなみ)の」
渡し守
「昔に帰る業平も」

「ありやなしやと言問ひしも」
渡し守
「都の人を思ひ妻」
謡曲隅田川」)