百人一首31-50の寸評

三一
夜がほの白くなって、有明の月かしらと思うほどに、吉野の里に白じろと降っている雪ではある。

(鑑賞)薄明りの中に降り積もる雪の白さ

三二
谷川に風がかけたしがらみとは、じつは流れきれずとどまっている紅葉のことだった。

(鑑賞)谷川の流れの中に散り、そして溜まる紅葉の美しさ。

三三
日の光がのどかにさしている春の日に、落ちついた心もないので桜の花が散っているのであろう。

(鑑賞)爛漫とした中で散り急ぐ桜のはかなさ

三四
誰をいったい親しい友としよう。長寿の高砂の松でさえ、昔からの友ではないのだから。

(鑑賞)年老いて親しい友もいない孤独と悲哀の感懐

三五
あなたは、さあどうだろう、人の気持ちというものは私にはわからない。昔なじみの地では、この花だけが昔のままの香りで咲き匂うのだった。

(鑑賞)変わらない自然に対照される人の心の移ろいやすさ

三六
夏の夜は、まだ宵のくちと思ううちに明けてしまったが、いま雲のどこに月は宿をとっているのだろうか。

(鑑賞)夏の短夜に見えなくなる月を惜しむ孤独さと明澄さ

三七
白露に風の吹きしきる秋の野では、緒で貫きとめていない玉が散り乱れたのだった。

(鑑賞)風に吹き散らされる秋の野の一面の白露の美しさ

三八
忘れ去られる私自身のことは何とも思わない。ただ神かけて誓ったあの人が、命を落とすことになるのが惜しまれてならない。

(鑑賞)自分を捨てた男への諦めがたい恋の執着

三九
浅茅の生える小野の篠原ではないが、じっとしのんできたけれども、しのびきることもできずに、どうしてこうもあの人が恋しいのか。

(鑑賞)忍んでも忍びきれないあふれる恋情

四〇
心のうちにしのびこめていたけれども顔色や表情に出てしまったのだった。私の恋は、恋の物思いでもしているのかと、人があやしみだずねるほどに。

(鑑賞)隠しきれずに他人に問われるほどの恋

四一
恋をしているという私の噂が早くも立ってしまったのだった。誰にも知られないように心ひそかに思いそめたのに。

(鑑賞)秘めた恋が早くも人に気づかれてしまったとまどい

四二
固く約束をしたことだった。たがいに涙にぬれた袖をいく度もしぼっては、あの末の松山を浪が越えることのないようにとは。

(鑑賞)心変わりした女性に見限られた男性の恨みと諦めがたさ

四三
逢って契った後の、この恋しく切ない気持ちにくらべると、以前の物思いなどは、何にも思わぬにひとしいくらいなのだった。

(鑑賞)初めて逢瀬を遂げた後につのる苦しいばかりの恋しさ

四四
もしも逢うということが絶対にないのなら、かえって、あの人のつらさをも、わが身のはかなさを恨みはすまいものを。

(鑑賞)逢瀬を望み、相手をもわが身をも恨む恋。

四五
私のことをあわれと言ってくれそうな人も思ってはくれず、私は恋いこがれながらむなしく死んでしまうにちがいない。

(鑑賞)最愛の人に同情さえもされない恋の孤独

四六
由の瀬戸を漕ぎ渡ってゆく舟人が、かいがなくなり行くえも知らず漂うように、どうなるのか見当もつかない恋のなりゆきであるよ。

(鑑賞)激流にもまれる小舟のように漂いさすらう恋への不安

四七
幾重にも葎の生い茂っているこの邸のさびしい所に、人は誰も訪ねて来ないが、秋だけはやってきてしまったのだった。

(鑑賞)昔を偲びばせる荒廃した邸に、今年もやってくる秋の寂しさ。

四八
風がはげしいので、岩にうちあたる波が、己ひとり砕け散るように、私だけが心もくだけるばかり物事を思い悩むこのごろであるよ。

(鑑賞)岩うつ波のように、当たって砕け散る一方通行の恋のせつなさ。

四九
みかきもりである衛士のたく火が、夜は燃えて昼は消えている。そのように私も、夜は恋の炎に胸をこがし、昼ははかなく消え入るばかりで、絶えず物思いにふけっているばかりである。

(鑑賞)夜は暗闇の中で炎と燃え上がり、昼は意気消沈する恋の苦しみ。

五〇
あなたのためには死んでも惜しくないと思っていた命までもが、逢瀬の叶えられた今となっては、末永くありたいと思うようになったのだった。

(鑑賞)恋の成就で改めて生命の永続を思う、欲張りになる心。