百人一首51-70の寸評
五一
せめて、こんなふうだと言うことさえできない。伊吹山のさしも草ではないが、あの人はさしも知るまい。私の火のように燃えあがる胸の思いを。
(鑑賞)胸のうちに密かに燃える初恋のもの思い
五二
夜が明けてしまうと、やがて日が暮れ、そうするとまた逢えるのだとは知っているものの、それでもやはり恨めしい明け方であるよ。
(鑑賞)理屈ではわりきれない恋のせつなさ、自然の摂理をも恨む深い愛情。
五三
嘆き嘆きひとり寝る夜の、その明けるまでの間がどんなに長いものか知っているだろうか、よもや知るよしもあるまい。
(鑑賞)ひとり寝の堪えがたい夜長の嘆き、浮気を糾弾する妻。
五四
私のことをけっして忘れまいと言うあの人の言葉も、遠い将来までは頼みにしがたいものだから、今日という日を最後とする命であってほしい。
(鑑賞)恋の成就の喜びと前途への不安、永遠の幸せを願うために死を望む。
五五
滝の水音は聞こえなくなってから長い年月がたってしまったけれども、その名声だけは流れ伝わり、今日でもやはり世間に知られている。
(鑑賞)華やかな宮廷の面影の残る旧跡の滝跡に思う懐古の情
五六
まもなく私は死んでこの世を去るであろうが、せめてあの世への思い出に、もう一度だけ逢いたいものである。
(鑑賞)あの世で思い出すために最後の逢瀬を死の予感で強まる一途な恋心
五七
久方ぶりにめぐりあって、その人かどうか見分けがつかないうちに、雲間に隠れてしまった夜半の月のように、あおの人はそそくさと姿を隠してしまった。
(鑑賞)あわただしく去っていった幼馴染みの友との束の間の再開を名残惜しむ
五八
有馬山に近い猪名の笹原に風が吹くと、笹の葉がそよそよと鳴る。さあそれよそれよ、忘れたのはあなた、私はどうして忘れたりしよう。
(鑑賞)風になびく笹原によせる忘れがたい恋心
五九
来ないことをはじめから知っていたら、ためらわず寝てしまっただろうに、今か今かと待つうちに夜がふけて、西に傾くまでの月を見たことだ。
(鑑賞)訪れてくれなかった男への、夜明けの女の諦めを含む嘆きと恨み言。
六〇
母のいる丹後国までは、大江山を越え、生野を通って行く道が遠いので、まだ天の橋立の地を踏んだこともないし、母からの文も見ていない。
(鑑賞)当意即妙の切り返しで歌才を発揮した、才気光る一首。
六一
昔の奈良の都の八重桜が、今日は九重の宮中で、常にもましていちだんと輝かしく咲きほこっていることだ。
(鑑賞)当代の繁栄にふさわしい旧都の奈良の八重桜の美しさ
六二
深夜のうちに、鶏の鳴きまねで人をだまそうとしても、あの函谷関ならいざしらず、この逢坂の関はけっしてゆるすまい。
(鑑賞)言い寄る男の言葉を漢詩文の教養で切り返す、教養高い二人の和歌のやりとり。
六三
今となっては、ただ、思い切ってしまおう、ということだけを、せめて人伝てではなく、じかに逢って言うてだてがあってほしいものだ。
(鑑賞)禁じられた悲恋への一途な思いの、美しく悲しい歌。
六四
夜があけそめるころ、宇治川の川面の霧がとぎれとぎれになって、その絶え間から点々とあらわれはじめる川瀬川瀬の網代木であるよ。
六五
相手の薄情を恨み、わが身の不運を嘆いて、涙に乾く暇もない袖はやがて朽ちてしまうだろう、それさえ惜しいのに、ましてこの恋のために浮名を流して朽ちてしまう私の名はいかにも惜しまれる。
(鑑賞)報われない恋に、よくない評判を惜しむ女房の苦悩。
六六
私はお前をなつかしく思うように、お前もまた私をなつかしく思うてくれ、山桜よ。花のお前以外に、心を知る友もいないのだから。
(鑑賞)山中の孤独に堪える修行僧の山桜との共感。
六七
短い春の夜の夢ほどの、はかない手枕のために、何のかいもない浮名の立つというのでは、私にとってまことに惜しいことである。
(鑑賞)春の夜のはかない幻想的な恋のたわむれ
六八
この後、心ならずも憂き世に生きながらえたならば、その時、さぞかし恋しく思われるにちがいない、この夜半の月であるよ。
(鑑賞)月の輝きだけを心の頼りに、万感を胸にこみあげさせる夜半の月。
六九
風の吹き散らす三室の山のもみじ葉は、龍田の川の、目もあやな錦なのであった。
(鑑賞)龍田川に錦を織りなす三室山の紅葉の豪華絢爛な華麗さ
七〇
さびしさに堪えきれないので、庵を出て物思いにふけりながら眺めわたすと、どこもかしこも同じにさびしい秋の夕暮れであるよ。
(鑑賞)秋の山里にせまる一面夕暮れのもの寂しさ