百人一首の寸評86-100

八六
嘆けといって月が私に物思をさせるのか、いやそうではない。それなのに、月のせいだと言いがかりをつけるように、流れ落ちるわが涙である。

(鑑賞)月に相対して恋する人を思い、ふと落涙する孤独な姿態。

八七
村雨が降り過ぎて、その露もまだ乾いていない真木の葉のあたりに、霧がほの白く立ちのぼっている秋の夕暮れであるよ。

(鑑賞)村雨の後の霧が立ち上る深山の秋の夕暮れ

八八
難波の入江の芦の刈根の一節ではないが、ただ一夜の仮寝のために、この生命をかけて恋いつづけねばならないのであろうか。

(鑑賞)難波江の芦の間の短さのような一夜限りのはかない恋

八九
わが命よ、絶えてしまうなら絶えてしまえ。このまま生き長らえていたならば、たえ忍ぶ心が弱まって、人目につくようにでもなったら困るから。

(鑑賞)忍ふ恋のつらさに絶命を願うほどの、忍ぶ恋の激しい思い。

九〇
血の色に変わった私の袖を見せたいものよ。あの雄島の漁師でさえ、海水で濡れに濡れながらも、その色は変わることがないのに。

(鑑賞)恋のつらさから強い恨みを訴え、血の涙で染まった袖。

九一
こおろぎの鳴く、この晩秋の寒々としたむしろの上で、私は衣の片方の袖を敷いてただひとり寝ることになるのだろうか。

(鑑賞)晩秋のきりぎりすの鳴く、孤独と寒さが身にしみる霜夜のひとり寝のわびしさ。

九二
私の袖は、潮干の時にも海中に隠れて見えない沖の石のように、人は知らないであろうが、恋の涙で乾く間もない。

(鑑賞)海中に隠れて見えない沖の石のように人知れぬ恋の嘆き

九三
この世の中は、永遠に変わらないでほしいものだ。この渚をこいでゆく漁夫の小舟の、綱手を引くさまが心にしみて、おもしろい。

(鑑賞)漁夫の小舟を見るにつけ、変わることのない日常を願う人の世の無常。

九四
吉野の山の秋風が夜ふけて吹きわたり、旧都の吉野の里は寒さが身にしみるとともに衣をうつ音が寒々と聞こえてくる。

(鑑賞)吉野の里の夜更けの秋風に、衣を打つ砧の音が旧都に響きあう。

九五
身分不相応ながら法の師として、つらいこの世に生きる人々に、おおいかけることだ。比叡の山の杣山に住み、法を行っている私のこの墨染の袖を。

(鑑賞)仏法の力で万民を救いたいという宣言の抱負と決意を詠んだ歌。

九六
花を誘って散らす嵐が吹く庭は、まっ白に降りゆくが、じつは雪ではなく、真に古りゆくものは、このわが身なのだった。

(鑑賞)落花のきらびやかさの中で思う、我が老いの感慨。

九七
いくら待っても来ない人を待つ自分は、松帆の海辺の夕なぎの頃に焼く藻塩ではないが、身もこがれつつ、いつまでも待ちつづけている。

(鑑賞)身をこがすような思いで、来ない男を待ち続ける恋のやるせなさ。

九八
風がそよそよと楢の葉に吹いている、このならの小川の夕暮れは、すっかり秋の趣であるが、ただ六月祓のみそぎだけが夏のしるしであった。

(鑑賞)秋の気配を感じさせる、晩夏のならの水音が響く小川の夕暮れ。

九九
人がいとしくも、あるは人がうらめしくも思われる。つまらないものと現世を思うところから、いろいろと物思いをする自分には。

(鑑賞)人がいとおしくも恨めしくもあり、思うに任せないこの世への愁い。

一〇〇
宮中の古びた軒端の忍ぶ草を見るにつけても、いくらしのんでもしのびきれないほどの、昔のよき御代ではある。

(鑑賞)聖代の輝かしさに憧れる一方で、今現在の傾きかけた皇室を憂う君主。