百人一首の寸評71-85

七一
夕暮れになると、家の前の田の稲葉を、そよそよと音をさせて、それから芦ぶきの田舎家に秋風が吹きわたってくるよ。

(鑑賞)門田の稲葉を吹き渡ってくる秋風

七二
噂に高い高師の浜のあだ浪はかけまい。噂に高い浮気な方の言葉にはかかわるまい。浪に袖をぬらすように、涙で袖をぬらすことになっては大変だもの。

(鑑賞)浮気な男の誘いを見事に切り返してみせる歌才

七三
遠くの高い山の尾根の桜が咲いてしまった。近い山の霞よ、どうか立たないでいてほしい。

(鑑賞)はるか遠くに霞む山の上の桜

七四
つれなかった人を、なびくように初瀬の観音に祈りこそしたが、初瀬の山おろしよ、おまえのようにひどくなれとは祈りもしなかったのに。

(鑑賞)冬の風にさらされながら初瀬に祈り、なおも叶わぬ恋への嘆き。

七五
約束してくれた「頼みにせよーさせも草」という、恵みの露のような言葉を命とも頼んできたのに、ああ、今年の秋も空しく過ぎ去るようだ。

(鑑賞)秋の終わりに、世の中に顧みられない我が子を思う父の嘆き

七六
大海原に舟をこぎ出して眺めわたすと、はるかかなたに、雲と見まちがえるばかりに沖の白波が立っている。

(鑑賞)はるかに望まれる、海と空とが一体となる大海原の沖の白波。

七七
川瀬の流れがはやいので、岩にせきとめられる急流が二つに分かれていても結局は落ち合う。同じようにあの人と別れていても将来はきっと逢うことになろうと思う。

(鑑賞)一念を貫いて運命を変えるほどの、ほとばしる恋の情熱と意志。

七八
淡路島から通ってくる千鳥がもの悲しく鳴く声に、幾夜目をさましてしまうのであろうか、須磨の関守は。

(鑑賞)千鳥の鳴く冬の須磨の関の孤独な旅情

七九
秋風が吹くにつれて、たなびいていた雲の切れ間から、もれ出てくる月の光の、なんと澄みきった明るさであることよ。

(鑑賞)秋の夜の雲間から漏れ出るさわやかな月光

八〇
末長く変わらないという、あの人の心もはかりがたく、今朝の黒髪が寝乱れているように、心が乱れてあれこれと物思いがつのることだ。

(鑑賞)後朝の黒髪の乱れにつのらせる恋のもの思い

八一
ほととぎすの鳴いた方をながめやると、そこにはただ有明の月が残っているだけである。

(鑑賞)ほととぎすの鳴いた方角にはただ有明の月

八二
つれない人ゆえに思い悩んでいても、それでも命だけはつないでいるのに、そのつらさにたえられないのは涙で、とめどなく流れ落ちたのだった。

(鑑賞)思うに任せず、涙を誘う恋のつらさ。

八三
この世の中には、のがれる道はないものだ。深く思いこんで分け入った山の奥でも、つらいことがあるらしく鹿の鳴く声がきこえる。

(鑑賞)現世から容易に逃れることのできない憂愁

八四
生き長らえていたら、今日このごろのことも思い出されるだろうか。つらいと思った昔の日々も、今では恋しく思われることだからだ。

(鑑賞)時の流れを思いながらの我が人生の述懐

八五
夜どおし物思うこのごろは、いっこうに夜が明けきれず、つれない人ばかりが寝室のすき間までがつれなく思われるのだった。

(鑑賞)寝室の隙間までもつれなく思われるひとり寝のわびしさ