額田王の歌


額田王(ぬかたのおおきみ)は、『万葉集』第一期の女流歌人です。はじめ大海人皇子(後の天武天皇)に寵愛を受けて、十市皇女を生みましたが、後には天智天皇に愛されました。歌は優美で情熱的です。その歌からは、巫女的な性質を感じ取ることができます。代表歌をあげてみます。

にきたつにふなのりせむとつきまてばしほもかなひぬいまはこぎいでな
熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(巻一・八)
(熟田津で船出しようと月の出を待っていると、潮もちょうどよく満ちてきた、さあ、漕ぎ出そう。)

冬こもり 春さりくれば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山我は(巻一・一六)
(春が来ると、冬の間は鳴かなかった鳥もやってきて鳴く。咲かなかった花も咲いているけれど、山の木々が鬱蒼と茂っているので、分け入っても取らず、草が深く茂っているので、手に取っても見ない。秋の山の木の葉を見ては、紅葉したのを手に取っては美しさを味わい、まだ青いのはそのままにして嘆く。その点こそ残念ですが、秋の山の方が優れていると私は思います。)

みわやまをしかもかくすかくもだにもこころあらなもかくさふべしや
三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや(巻一・十八)
(なつかしい大和の国の三輪山をそのように隠すのか。せめて雲にだけでも思いやりがあってほしい。振り返り振り返り見たい山なのに、そのように雲が隠してよいものか。)

あかねさすむらさきのゆきしめのゆきのもりはみずやきみがそでふる
あかねさす紫野行き標野行き野守りは見ずや君が袖振る(巻一・二〇)
(美しい紫色を染め出す紫草の野を行き、立ち入りを禁じられた野を行き、野の番人が見るではありませんか、あなたがしきりに私に袖を振るのを。)