百人一首の口語訳36-45

三六
夏の夜は、まだ宵のくちと思ううちに明けてしまったが、いま雲のどこに月は宿をとっているのだろうか。
三七
白露に風の吹きしきる秋の野では、緒で貫きとめていない玉が散り乱れたのだった。
三八
忘れ去られる私自身のことは何とも思わない。ただ神かけて誓ったあの人が、命を落とすことになるのが惜しまれてならない。
三九
浅茅の生える小野の篠原ではないが、じっとしのんできたけれども、しのびきることもできずに、どうしてこうもあの人が恋しいのか。
四〇
心のうちにしのびこめていたけれども顔色や表情に出てしまったのだった。私の恋は、恋の物思いでもしているのかと、人があやしみだずねるほどに。
四一
恋をしているという私の噂が早くも立ってしまったのだった。誰にも知られないように心ひそかに思いそめたのに。
四二
固く約束をしたことだった。たがいに涙にぬれた袖をいく度もしぼっては、あの末の松山を浪が越えることのないようにとは。
四三
逢って契った後の、この恋しく切ない気持ちにくらべると、以前の物思いなどは、何にも思わぬにひとしいくらいなのだった。
四四
もしも逢うということが絶対にないのなら、かえって、あの人のつらさをも、わが身のはかなさを恨みはすまいものを。
四五
私のことをあわれと言ってくれそうな人も思ってはくれず、私は恋いこがれながらむなしく死んでしまうにちがいない。

三一
夜がほの白くなって、有明の月かしらと思うほどに、吉野の里に白じろと降っている雪ではある。
三二
谷川に風がかけたしがらみとは、じつは流れきれずとどまっている紅葉のことだった。
三三
日の光がのどかにさしている春の日に、落ちついた心もないので桜の花が散っているのであろう。
三四
誰をいったい親しい友としよう。長寿の高砂の松でさえ、昔からの友ではないのだから。
三五
あなたは、さあどうだろう、人の気持ちというものは私にはわからない。昔なじみの地では、この花だけが昔のままの香りで咲き匂うのだった。