人格陶冶と国語教育
「人格陶冶」と「国語教育」
岡田 誠
はじめに
近年、日本語力や国語力を扱った書籍が多く出版されている。さらには、音読と脳科学との研究も盛んに行われている。国語教育学の歴史の中でも、「垣内松三・芦田恵之助・西尾実・石井庄司・益田勝美・大村はま」などの、国語教育学では欠かすことのできない国語教育の理論家や実践家が多数いる。しかし、本来的な「人格陶冶」についての視点でなされた「国語教育論」にはほとんど言及していない。そこで、本稿では、本来的な「人格陶冶・自己修養と国語教育」という、根本的な問題を扱うこととする。
古文と漢文―思想の類似と相違―
古典(古典文)というと、古文と漢文のことを指すことになる。文法的には、漢文は古代中国語ということもあり、独特の訓点を施すことで中国語を本格的に学習しなくても、古代中国語を日本語に翻訳することができる。ただし、その際の翻訳は、古文に翻訳することが要求されるので、古文文法の基礎的知識の上で、漢文訓読を行う必要が生じる。漢文を訓読した文章というのは、たとえば、
①我読書(我書を読む)
②水清(水清し)
③孔子魯人也(孔子は魯人なり)
と訓読したときには、①は英語の構造と似ていて、②③は日本語と構造が似ているものである。細かく見ると、①は主語・述語(動詞)・目的語という構造、②は主語・述語(形容詞)の構造、③は主語・述語(名詞)の構造で、主語を強調するために「は」を送りがなとして添え、名詞に断定の「なり」を加えて述語としてある。また、
④蓋言爾志(蓋ぞ爾の志を言はざる)
の例では、「ぞ」という係助詞があるために、打消の助動詞「ず」が連体形で結ぶことになる。ただし、漢文では「ず」の連体形の「ぬ」と已然形の「ね」は使わないのが原則で、漢文訓読の慣用で「ざる」「ざれ」を用いることになる。
書き下し文は「助詞・助動詞はひらがな」という原則はあるが、比況の「ごとし」や断定の「たり」は、漢字のまま「如し」「若し」、「為り」でも許容されている。この二つの助動詞は、国語学的に助動詞か否かの品詞論的な問題が存在することも影響しているようである。なお、現在、漢文訓読で用いる主な助動詞は、「る・らる・しむ・ず・じ・ん・んとす・き・けり・つ・ぬ・たり・べし・なり・たり・ごとし・ごとくなり・り」などで、古文文法で使う助動詞と比べるとかなり少ない。また、ナ変動詞「死ぬ」「往ぬ」やカ変動詞「来」は使わない。また、一部「べけんや」のように「べけ」という「べし」の上代に使われた未然形を使用することもある。大坪併治(一九五一)などの古代、中世の訓点語の国語学的研究などを参照すると、現在の訓読は、無駄を省いた簡略化したものであるとみることができる。また、松下大三郎(一九二八)は古文と漢文との整合性をはかった嚆矢とみることができる。
このように訓読した文章は、日本語の古文になるようにしてあり、たいへんすぐれたものとなっている。この訓読という方法を発明した人物は、はっきりとはわからないが、訓読はたいへんすぐれていることは認めざるを得ない。しかし、完全に古文に翻訳しているわけではなく、次第に国学の意識と漢学の思想的な意識の差が乖離してくるにしたがって、漢文独特のルールといういわゆる「読み癖」などというものがでてきた。その結果、江戸時代の末頃には現在の漢文訓読に近い形が佐藤一斎などによって完成していた。思想的な違いが古文と漢文の読み方の違いに表れてくるのは、ちょうど「言語と文化」の意識の差と似ている。特に、江戸時代は、漢学(特に朱子学)が全盛であり、それに対抗するように国学が誕生し、互いに反目しあっていることは注目しなければならない。
国語教育の場でも、古文専攻の教師は国学的な思想を持っていることが多いために、中国思想を入り込むことを嫌い、漢字の読み方も音訓の両方が可能であるときには、国学・歌学の伝統に従って人名の場合には音読みにし、古文・漢文を読むときには日本のものに受容していることを示すため、漢字の読み方を訓読みにする傾向が強まる。それに対して、漢文専攻の教師は、中国思想の影響をそのまま反映して、四書五経を東洋のバイブルとして尊重しているため、古文・漢文を読むときに音訓の両方の読み方が可能な場合には、音読みにする傾向が強い。漢文専攻の教師は「古文は軟弱で神道的で確固とした思想がない」、それに対して古文専攻の教師は「漢文は考え方が硬くて時代にあわない」などというようなことを口にするのである。文法・語法の面でも、「已然形+ば」を古文文法では、
雨降れば(雨が降るので)
のように「ので・から」「と・ところ」「といつも」などと確定条件で口語訳するとされているため、漢文で「已然形+ば」を確定条件以外に、
雨降れば(雨が降るなら)
のように、相反する「なら(ば)」「たら」と仮定条件で口語訳することが多いために、「漢学者には古文文法の力がないからだ」とする批判が行われる。それに対して漢学者は、古文文法では「あり」を動詞(ラ行変格活用)とするのに、意味的にその逆である「なし」を形容詞とするのは矛盾していると批判するのである。しかし、江戸時代から明治時代にかけての国学者は「あり」「なし」はともに「形状言」「存在詞」として状態を表すものとして考えていることが多いのである。そういった事実を、洋学を学んだ学者が形態的にラ変動詞と形容詞とに分離しただけにすぎず、それを学校文法に取り入れたにすぎないのである(注1)。
国語・国文学では「国語学」、中国語・中国文学では「中国哲学」が、ある種のエリート意識を持っていた時期があった。つまり、「国語学」に進学できなかった場合に「国文学」に進学し、「中国哲学」に進学できなかった場合に「中国文学」に進学するという風潮があったのである。現在では、「国語学」「中国哲学」を専攻する者には、エリート意識はあるものの、最初から文学を専攻する者の方が多いので、それほど差別的なものは解消されている。しかし、考え方の違いから、「国語学」と「国文学」との対立、「中国哲学」と「中国文学」との対立には根深いものがある。
論者は主に、漢学精神の大学と国学精神の大学に学籍を置いて学んだが、それぞれの主張することは理解できると感じた。しかし、どうしても国学は、日本人本来の精神を尊重するということで、神道・和歌・国文学・国語学・国史学・国法学などの研究としては発展しているのだが、生き方や政治思想としては、どのようにでも解釈できる面があり、触れていないことが多いために人格陶冶という視点でみると、漢学のほうがまさっているといえるであろう。
その漢文の学習に際して、注意しなければならないのは、漢文が苦手な学生が増えてきたことである。原田種成(一九九五)も述べるように、かつては、漢文の言い回しが身近なものであり、古文の知識などをあえて使わなくても、自然とその言い回しが口をついてでてきたのだと思う。したがって、基本的な句形を押さえておくだけでも十分に効果があがった。しかし、漢文の言い回しや漢語が身近なものではなくなった今、それに対応するだけの漢文教育法が求められているのではないか。漢文のスタートである訓読の指導も、句形の暗記でおこなったり、古文文法と関連させたり、英語の構造をイメージさせたり、中国語学の知識を利用したりしていて、多様であるのが実情なのである。作品の読解に行く以前の訓読習得の段階が実は重要なのである。その最初の段階を終えれば、その後は、読解を中心にしていけばよいであろう。また、加地伸行(二〇〇一)も、訓読は緻密に読み、解釈することが出来る点で、中国人留学生も日本で習得している実態を紹介している。さらには、完全に完成したとまではいえないものの、幕末から明治にかけての洋学受容の際に、英文訓読というものを生み出し、受容してきたのも、漢文訓読の前提があったためであろう。その英文訓読の影響として、
「未」いまだ―ず
「将」「且」まさに―んとす
「当」「応」「合」まさに―べし
「宜」よろしく―べし
「須」すべからく―べし
「猶」「由」なほ―ごとし
といった再読文字のように、
「because」なぜなら―だからである
「if」もし―なら
と口語訳するのは、まさに漢文訓読から受容したものであり、大いに漢文訓読の影響を受けている。
さらには、漢文は構造的に英語と似ていると言われ、宮下典男(一九九四)のように英語の構造を意識した授業なども一部では行われている。この方法は、英語の学習も利用できて比較的有効である。しかし、
「禍従口出」(禍ひは口より出づ)
などのように返読文字などで示される前置詞句「従口」は動詞「出」の上に位置し、動詞を修飾するというような、英語とは異なり、むしろ日本語と語順の似ている構造もあるため、その点は強調しておかねばならないだろう。この点に注目すると、漢文と英文の接点と相違も見えてくる。
漢字の力
漢字学習の際に、音読みと訓読みとがあることは必ず学習する事柄である。さらには、呉音・漢音・唐宋音・慣用音といったことも学習する。しかし、それが漢文には生かされているであろうか。実際、漢文訓読の際の音読みと訓読みとは、生徒が迷うことが多いようである。個人差もあり、ある程度伝統的に読み癖によることも多いのだが、音読みにするのか、訓読みにするのかの目安を考えてみたい。金岡照光(一九七八)によると、動詞の場合は、「往」のように一語の動詞の場合は「往く(ゆく)」のように訓読みが多く、「往来」のように連続する動詞の場合は「往来す(おうらいす)」のように音読みする傾向があるという。また、吉川幸次郎(一九八六)も、品詞に限定しないで、訓で読むのは「学(まなぶ)」のように一字の単語の場合に多く、音で読むのは、「遠方(えんぽう)」のように二字の連語に多いとしている。金岡照光氏も吉川幸次郎氏も、「一字は訓読み・二字は音読み」という傾向を述べており、漢文教育でも採用されていることが多い。
ここで、漢文特有語として国語便覧にあげられている一覧表を見てみると、もう一つの読み方の特徴が浮かんでくる。それは、特に名詞の場合、すなわち漢文特有語の場合には音読みする傾向が強いということである。このぐらいの基準を設けておいた方が、なんとなく音読みにするというよりも理解しやすいので、説明したほうがよいであろう。例えば、「城」という漢文特有語は、「しろ」と読むことも多いが、「ジョウ」と音読みにすることも多い。先の法則では、「しろ」と読むことになるが、中国では「城」は「街」を示すので、「ジョウ」と読むこともあるのである。そのために、音読みが多い方針と訓読みが多い方針とがあるのは、その考え方の癖の反映である。ある程度の法則化は大切だが、柔軟に対応することが必要である。
また、漢音を中心としてはいるが、実際には漢音と呉音とを混ぜて読んでいることも多く、呉音も仏教語を中心として日本には定着していたために用いることも注意しておきたい。中国音の受容という経緯も歴史的に説明しておくと興味を示す生徒がかなり多い。論者が学生のころに拝聴した漢文の講義で、実際に漢音の直読による読み下しの講義もあった。この作業のために漢和辞典を引くようになった。このことからも、音読の講義は漢和辞典と親しむ効果がある。
幕末から明治期に欧米語が日本語の中に大量に入ってきたとき、翻訳日本語が多数できあがったが、その方法としては、カタカナ語と漢語とで作り上げたという経緯がある。その意味で、現代文・現代日本語と漢文との接点がある。
また、日本では、戦後には基本的には漢字にはルビはおくらない方針でいるが、はたしてそれでよいのであろうか。比較的低年齢であっても、漢字にルビがふってあれば、正しい読み方を覚えることができるし、辞書も引くことができる。低年齢のうちから漢字に親しませる意味で、総ルビの復活を期待したい。皮肉なことに、漫画の類は、読者層を広げる意味もあってか、比較的ルビがふってあることが多く、漢字に親しませるきっかけを与えており、漢字の読みを漫画で覚えたという生徒も多数いることには驚かされる。また、字源を説明することで興味をそそることもできるし、藤堂明保氏の単語家族の発想で漢字をグループ分けするといったことも、漢字学習には効果的であろう。論者の授業でも、漢字の読み書きができても、意味がわからずに内容理解が不十分な生徒が目立つということが気になる。同様に古文でも、口語訳のことばの意味が分からないために、内容がわかっていないケースが増えてきている。例えば、
今めかし―当世風だ―今ふうだ
をかし―趣がある―味わい深い
御髪おろす―落飾する―出家する
のように、「古語―口語訳―口語訳の意味」の順に並べてみたが、口語訳の段階で理解できないケースが増えてきているのである。
また、語彙力の低下が指摘されることが多く、この対策として辞書を引かせることも必要だが、あまりに辞書を引く回数が多すぎて学習が進まない危険性もある。これからの漢字のドリル形式の問題集には、必ず語句の意味も付す必要があるであろう。
近年の傾向として、漢語に対しての馴染みがないために、意味がすぐに浮かばないことが多くなった。しかも、改めて漢和辞典を引く習慣もついていない場合が多い。そこで、「百姓(ひゃくせい)」は一般民衆のことであったり、「故人(こじん)」は古くからの友人を意味したりといった、漢文によくでてくる語彙集というものが必要になってくる。以前と比べれば、学習参考書などの巻末に重要語一覧が載るようにはなってきたが、まだまだ少数である。古文単語集や現代文重要語集といったものは、多く刊行されているようであるし利用もされている。それに対して漢文重要語集(漢文特有語)というものは、語彙数の関係のためか、付録の扱いになっていることが多い。しかし、漢和辞典を引かず、さらには漢語と親しみの薄い世代の漢文学習を考えるとき、漢文重要語を前面に出した書籍も、もっと刊行されてもよいのではないだろうか。漢文の句形などは理解できても、文章読解となるとうまく読めない悩みを抱えた生徒も増えてきているが、たいていは基本的な漢文重要語を付録などで習得すると、読めるようになってくる。そのくらい、漢文重要語は必要不可欠なものとなりつつあるといえるのではないだろうか。また、明治文語文・近代文語文と呼ばれる文章では、欧米語の訳語として編み出された漢語が多く入り込んでいるので、現在では現代文重要語の類の学習参考書も書店でも多く見かけるようになり、生徒も利用することが一般的になりつつある。
漢字と姓名判断・印鑑
日本人の名前は、漢字で構成されている。実際には旧漢字の方がもとの字源や意味がわかるのだが、現在の当用漢字では漢字の成り立ちや霊力といったものが感じにくいのが残念である。藤堂明保氏は、伝統的な許慎の書いた『説文解字』をもとに字源を説明し、『漢字語源辞典』を著し、「単語家族」などの概念を設定して漢字教育を普及させようとした。それに対して白川静氏は、金石文の研究をもとに民俗学的な見地から漢字の意味をさぐり、大著である『字通』を著し、字源の霊的な説明をこころみているのが特徴である。元来、中国を始めとする姓名判断は、漢字の意味を重視していた。しかも、中国では本名の役割は成人すると終了し、その代わりに字がつけられ、両親と師匠以外は皆、字で呼ぶようになったのである。字(あざな)ついて、安岡正篤氏は、元来は本名に不足している部分を補う、あるいは、本名と対になるようにつけるものであると述べている。その意味で、陰陽の思想の影響下にあると同時に、本名以外の名前を持つことも自然なことであると感じられる。また、書道・絵画・漢詩などでは号も使用しているため、少なくとも、本名・字・号の三つの名前を用いていたことになる。その背景には、本名を知られることの霊的な恐れや、本名を補うような意味での字をつけるという行いが存在している。古代の日本でも古代では、女性の本名は「忌みことば」とされ、恋人にしか教えなかったという伝統があったため、女性の名前の記録が残りにくく、皇族でない限りは記録に残りにくかった。清少納言や紫式部などは、すべて女房官職名を基準としている。また、戦前までは、結婚すると、本名も変えてしまうか、「きよ」を「きよ子」などのように、「子」を本名の下につけて呼ばせる風習も存在した。皇室では、女性の名前に「子」を付けていたために、「子」の付く名前が普及したと考えられている。
日本では昭和初期に、熊崎健翁の『姓名の神秘』が出版されてからは、天格・人格・地格・外格と分類しながら行う画数が中心に行われ、本字で画数を計算する熊崎式と、筆順のまま画数を計算する桑野式とがあり、中国でも盛んに研究されるようになった。そのあまり、本来的な漢字の霊的な字源に注目することが少なくなってきたのは残念である。実際、書店でも名づけの本は、画数のものばかりが売れ、漢字学者や日本語学者のかいた意味からたどる名づけの本は、あまり置いていない現状がある。もっと漢和辞典を引く習慣を身につけ、字源に興味をもつように教育していく必要があるであろう。本来的には漢字の意味をしっかりと咀嚼して名前を付けるのがよいのである。
また、苗字・地名・家紋の研究で知られた民俗学者の丹羽基二氏は、苗字からその中に流れている遺伝的なものを推定するという研究を行っていた。つまり、本来は一般民衆も先祖伝来の苗字というものを継承してきているのだが、武士以外には名乗ることが許されなかったために、自分の姓・苗字・名字を忘れてしまい、明治になってから神主などに姓・苗字・名字を名づけてもらったという事実もあるが、そのように自分の姓・苗字・名字を忘れているケースは少ないのではないかという前提にたった研究であった。このような視点でみると、姓・苗字・名字の意味するものも理解できて、たいへん有効である(注3)。漢字学者の阿辻哲次氏や国語学者の金田一春彦氏も漢字の意味に注目した名づけの本も出版している。
このように、現在では画数中心で行っているが、苗字の由来・名前の意味・漢字の意味をもっと知ることで、自分というものを大事にすることが必要ではないだろうか。自分の名前を大切にするという、儒教的な思想は、自殺率の高い日本で必要なことであろう。自分の名前を大切にする意味で、印鑑も象形文字をベースにするもっとも伝統的な書体である「篆書」を用いることを提唱したい。かつては、みな篆書であったが、第二次大戦後に配給を受けるために、はっきりと読めるものとして、楷書が普及し、現在では学校の卒業記念でも配っているが、そのような安価な印鑑では、自分の名前を大切にする精神は生まれないし、安易に印鑑を押してしまうのではなかろうか。
文学・思想・歴史
漢文の書物を分類すると、主に文学・思想・歴史の三つに分類できる。この中でも文学としては、漢詩(中国古典詩)、特に唐の時代のものが中心であった。また、文章としては、秦・漢の時代のものが中心であった。そのため、「文は秦漢、詩は盛唐」などと呼ばれたのである。とりわけ、儒教が国教とされてからは、中国哲学・倫理道徳としては、『詩経』『書経』『易経』『春秋』『礼記』の五経が重要視された。時代がくだり、宋の時代には朱熹が現れ、基本文献として、『論語』『孟子』『大学』『中庸』のいわゆる四書を重要視してからは、四書を中心に四書五経と呼ばれるようになった。朱熹の学問は、「朱子学」と呼ばれ、勉学が中心であり、どうしても理論が中心になってしまうことから、人格陶冶としての実践の学としては不十分な面があった。そのために、明になると、実践の学としての王陽明が現れたのである。王陽明の学問は「陽明学」と呼ばれ、「知行合一」ということを唱えた実践の学であった。戦前から戦後にかけての日本の政治家は、東洋政治思想家・陽明学者の安岡正篤氏の影響もあり、比較的、陽明学の影響を受けていることが多かった。ただし、近世の日本では、陽明学は激しい思想というイメージが強かったために、「大塩平八郎の乱」にも示されるように、危険思想とされることが多かった。
国文学の上でも、漢文の影響は見逃すことができない存在である。中国の歴史や文化の日本への影響を説明していくと、漢文にも馴染みがでてくる。せっかく訓読などで読める段階まできたのであれば、多くの文章に接するとともに、儒教思想などの背景知識的なものも理解していくことで、漢文で何気なく出てくる「徳」「仁」「義」「礼」「智」「信」「忠」「孝」などといったことばの重要性や、日本の仏教思想や政治思想に与えてきた影響も理解できる。そういったことも説明し、漢文を読む意義や面白さに目覚めさせて、漢文離れを食い止めることも国語教員の責任であろうと考える。また、漢文学の受容の歴史を知る上でも、国文学の上でも、日本漢詩文を中心とした日本漢文学史が埋もれてしまっており、きわめて残念である。そのあたりも、もっと教材などでとりあげてほしいところである。猪口篤志(一九八四)をはじめ、日本漢文学史の研究もなされている。高崎正秀・土屋尚(一九六二)では、日本漢文学史を受験参考書の中で取り入れている。日本漢文学史は、漢文の受容という点でも、日本文学史上たいへん重要である。庶民の間では、頼山陽『日本外史』、原念斉『先哲叢談』、佐藤一斎『言志四録』などの日本漢文が主に読まれてきた。
また、石川忠久氏は日本で江戸時代にもっともよく読まれたのは、漢詩では『唐詩選』、歴史では『十八史略』、思想・哲学では『論語』であるとしている。もう少し述べれば、これに為政者の好んだものとして、『貞観政要』を付け加えたいものである。東洋のバイブル的存在である『論語』は抽象的なものであり、その実践編としての役割を『貞観政要』が果たす存在だからである。谷沢永一氏や渡部昇一氏も述べるように、『貞観政要』を読んだ北条政子・足利尊氏・徳川家康は栄え、読まなかった織田信長・豊臣秀吉は滅んだのである。現代の政治家は、宮沢喜一氏を境に、古典から学んでいない世代になっているために、中心となる精神的支柱がないのが残念である。もっと西洋・東洋の古典から学んでほしいものである。
聴覚と視覚の活用
近年、斉藤孝(二〇〇一)を筆頭に、日本語を声に出して読むこと、すなわち音読が注目されてきている。音読といっても素読と朗読とがあるが、朗読の方を一般に指しているようである。論者の所属するカルチャーセンターや予備校の現場でも、古文や漢文を音読して欲しいという生徒も多くなってきたため、時間のあるときはできるだけ、文章を音読することとしている。そうすることで、古典のリズムがわかり、漢字、読み癖といった特殊な読み方をするものがわかり、ことばに対する興味も増してくるはずだからである。音読すれば、比較的やさしい文章であれば口語訳を要することなく意味がわかり楽しいものである。それに古典が得意な生徒は、音読させてみても上手なことが多いものである。しかも、漢字などの読みにも強くなり、ことばに対する興味も増してくるという効用もある。なお、普段の授業では、「たまふ」「のたまふ」などは「タマウ」「ノタマウ」でもよいが、「タモー」「ノタモー」のように江戸時代の国学者流の読み方をとることにしている。その方が伝統的な読み方であるし、音の響きがきれいだからである。
ただし後述するが、現代文における評論というジャンルの日本語は、構造的にも語彙的にも近代以降の翻訳日本語という側面が強く、音読というよりもむしろ、黙読用の言語的要素が強い。そのため、音読のすべてが心地よいリズムというわけではない。しかし、すくなくとも古文・漢文は音読に適したリズムを持っているため、音読はたいへんに有益なものと見てよいであろう。古文はゆったりとした柔らかい響きを持ち、漢文は簡潔で力強くやや硬い響きを持つのも印象的である。特に漢文では、素読というものがあり、伝統的に行われてきた。意味もわからずに音読することが、絶対的によいというわけではないが、ことばである以上は、音と密接であるし、音の響きに触れることも大切なことであろう。そういった流れで、吟詠なども成りたっている。
また、漢字を呉音で上から読んでいくものとして、仏教の経典があげられる(ただし、空海は漢音で経典を読んでいたので、真言宗の経典は例外である)。この仏教の経典ついても生徒は、奇異な目でみていることも多い。なぜ仏教の経典は、漢字で表記されているのに、頭から音読みしていくのであろうかと疑問に思っている生徒もいるし、音読みすれば、中国語になるだろうと考えている生徒も多い。漢文を、経典のように呉音で読むのは好ましくはないが、漢音で読むのは、ある意味で当時の中国音を音写したものなので、声調については明確に示せないものの、音読みすることは、特に中国古典詩には有効であり、リズムをつかむのによく、近世の儒家の家柄では訓読とともに用いられ、プラトン学者の岡田正三氏も勧めたもので、安達忠夫氏は、訓読と漢音による直読を推奨し実践していることで知られている。また、近世の荻生徂徠からはじまり、近年では、倉石武四郎氏が勧めた、訓読を捨てて、すべて中国音で頭から読んでいくやりかたによる教授法もイメージをわかせる意味ではたいへんに有効であろう。しかし、中国語を学ばないとそれは難しく、実際に中国語が学べる環境が限られているため、受験や高校生の段階では担当の教員が中国語の音声教材を使いながら、読み聞かせをする程度となるであろう。また、伝統的に開発され、現在の学校教育で用いられている、江戸時代の訓読法の集大成とでもいえる「漢文訓読法」は、訓読という手段で緻密に中国古典を受容し学問レベルとしても高水準に達し、かつ咀嚼してきたものであり、日本の叡智として、どうしても学んでおきたいものであるし、訓読を音読すると、洗練されたリズムを持つ。そういった音読の持つ響きを楽しむものとして、詩吟や塩谷流などの読み方の流派も出てきたのであろう。また、漢詩の場合には、語調を重んじるために、例えば「昔聞洞庭水」を「昔洞庭の水を聞く」と訓読しないで「昔聞く洞庭の水」とすることが一般的である。このように、訓読を捨てることはしないで、訓読を大前提として学んだ上で、中国音で読んでいくという姿勢が重要であろう。この実践例として、石川忠久氏の場合をあげることができる。石川忠久氏は、漢詩を訓読して解釈したあとで、一、二回現代中国語で読むというやり方を用いている。これによりイメージも沸くので、有効な方法であると思う。
こうしたことから、正しい理解は正しい読み方から生まれるという日本の寺子屋で行われてきた漢文の素読の方法もまた、見直されてよいものなのであろう。その実践例として、川島隆太氏と安達忠夫氏を挙げることができる。川島隆太・安達忠夫(二〇〇四)では、脳科学者の川島隆太氏が、素読のように意味がわからずに音読することは、実は脳を鍛えることに役立っていることや、黙読も脳の多くの領域を活性化させることに役立っていることが述べられていて興味深い。また、ドイツ文学者の安達忠夫氏は、素読は感性と無意識を培い、朗読は知性と意識を培うとし、素読は知的な読書を支える深い基盤であるとしている。
日本では、伝統的に寺子屋などで『大学』『中庸』『論語』『孟子』などをはじめとした古典の素読を中心にして、語彙力を中心とした国語力を養ってきたことからもわかるとおり、音読することで聴覚からも古典を学ぶことができ、古典のリズムがつかめるという長所がある。古文においても、折口信夫氏や玉上琢也氏の「源氏物語音読論」があるように、文章を読み聞かせるために書かれた節もあるのである。また、「平曲」なども音の芸術といっても過言ではないであろう。学者で音読を重視した味わい深い朗読を残した人物としては、『古事記』の研究家の高崎正秀、『万葉集』の研究家の犬養孝、「中国古典詩」の研究家の石川忠久などがいる。
ところで、国語教育の面では、通り一遍の音読を聞かせてばかりいては、面白みという点に欠ける。アナウンサーの読むような、癖のない穏やかな朗読も心地よいが、情感や癖のある朗読といったものも独特の味わいがあるものである。特に、和歌や漢詩などの韻文は情感が必要であるからなおさらである。そのため、聴覚教材として、中国人による漢詩の中国語の朗読、俳優や女優による朗読、学者の朗読、文人や作家の自作の詩や短歌や俳句の朗読、古代日本の復元による作品の朗読といったものを、授業の進度にあわせるかたちで、時折、授業中に聞かせることとしている(注4)。
これらはいずれも個性的で、生徒はかなり興味を示してくれる。音楽などに興味のある生徒は、それらの朗読から音楽性を感じ取るという感想を述べてくれたりもする。このような聴覚から国語力を育むというのも有効な手段であろう。近年、若者の間で方言に興味を持つものが多いため、簡単な方言の書籍が比較的目に付くようになったことからも、音に対する興味や関心の高さがうかがえるであろう。幸いなことに、現在は聴覚教材CD付の本が多く発売されているので、比較的音を聞く機会に恵まれている。かつては、朗読の上手な国語の教員が多かったが、近年は黙読や情報量を中心にするようになったために、朗読が軽視されてきている。ぜひ、「声を出すことが国語だった」という過去の歴史を再認識しながら、「ことばの息吹」や「ことばの芸術性」を目指したいものである。新聞などを電車の中などで声を出して読んでいる高齢者などの姿がかつては見られたが、近年ではほとんど見られなくなった。そういう風景に懐かしさを感じる論者だけであろうか。落語、文楽、能、狂言といった伝統芸能の中にある言葉だけでなく、日本語のリズムや響きにも大いに日本語の心地よさを感じる。
しかし、音読が注目されてはいるものの、日本語に関するすべてのものが音読に適しているわけではない。というのも、現代文の評論の中には、文学性な格調の高いものばかりではなく、むしろ論理性、明晰性といったものを重視し、文体的に欧米文の直訳調、もしくはそれに準じた形式で書かれたものが多いという現実がある。それらは、近代以降の欧米文の影響によるもので、翻訳日本語とでも呼べそうなものなので、音読というよりも黙読用として適しているのであって、思索に耽るためのものであったり、短い時間で多くの情報量を得ることであったりするからである。実際、現代文で音読の教材として選ばれているのは、主に文学性の高い小説や詩や俳句や短歌といった韻文が中心になっている。したがって、現代文の場合には、すべてが音読に適しているわけではないことに注意する必要があるのではないか(注5)。なお、学習のありかたとして、国語教育では、じっくりとした音読から、心の中で声に出して読む黙読に移行させていき、読書量を増やす方法がとられている。
ここで入試の現状を考えてみたい。大学入試においては、その過去問も現代文に関しては、小説はセンタ―試験では必出である他は、文学部の入試問題で出題されやすい程度である。大概は、高校入試では小説のほうが多いが、大学入試では評論が中心である。その評論も文芸評論や近代の格調の高いものはあまり多くなく、さまざまなジャンルから採られており、文体や構成についても、英語の翻訳調や影響を受けたものが多い。確かに教養を試したり、論理力・類推力を試したりする目的もあるのであろうが、本来的な「国語」という名前からはズレを生じており、「現代日本語で書かれた文章」と言わざるをえない。しかも、文芸評論が激減し、哲学・心理学・社会学・言語学などといったものが文章のテ―マの中心になっていることから、科目名も現代文の中の評論とするよりは、リベラルアーツなどの別個の名称を与えた方がよいとさえ提言する意見もあるほどである。実際、高等学校の教科書で採用されている文章は、文章構成的にも模範的であり、評論であっても音読に適する文章が中心だが、大学入試で採用されている文章は朗読に適さないものが多く、文章構成的にもしっかりとしていない適度な悪文が多く、隔たりがあるように感じられる。実際、そのような現状に対応するかのように、予備校の現場で現代文や小論文を担当する講師の半数以上が、その出身の学部、学科が文学部日本文学科などではなく、国語の教員免許を取得できない学科(法学部・経済学部・文学部哲学科・文学部フランス文学科・文学部心理学科・文学部史学科など)の出身者で占められているという実態がある。さらには近代文学が専門であるにもかかわらず、入試問題で採用されている評論家の文章を読んだりするのが肌に合わず、予備校では古文を担当している講師も多い。これでは文学部の日本文学科の専門性というものがよい形では発揮されないのではないだろうか。このことは、そのような土台を大学入試問題が提供してしまっていることも影響しているといえよう。しかし逆に、文学部日本文学科などの出身で国語の教員免許を持つ者も、国語という狭い枠の専門性に閉じこもらないで、その他の学部学科出身者に負けないだけの、歴史学や社会学といった知識を持ち、理論的な武装をしておく必要があるのではないだろうか。その意味で前田愛、石原千秋、小森陽一といった近代文学の研究者の本を読むと、考えさせられることが多いし刺激を受けることも多い。「国語力は基礎」といわれるが、英語の和訳の日本語の意味を調べたり、数学の論理用語を調べたりすることで、国語の語彙力を強化することもできるのではないか。このように他の科目を勉強しながら国語力をつけるという方法も成立するであろう。上智大学名誉教授の渡部昇一氏は、細江逸記の『英文法汎論』をテキストとして学生に発表させる授業を行っていた。その授業では、本文の英文を和訳させるだけではなく、和訳の言葉の意味を調べさせたり、文語体で書かれている細江逸記の解説文の意味を、漢和辞典や国語辞典で調べさせたりして、上智大学の学生の英文法の力だけでなく、国語の力も上げていたことは有名である。外山滋比古氏は、「翻訳された日本語を読解しようとするところに、国語力を高める秘訣がある」と述べていることも考えあわせると、渡部昇一氏の授業の効果はかなり効果的であるといえる。他の分野を学ぶことで、国語という枠組みにとらわれず、日本語で書かれた文章という総合的な形で考えてみてはどうであろうか。
こうした、古典(古文・漢文)と現代文との特性を生かして音読というものを考えることが必要ではないだろうか。「音読はすべてがよい」という短絡的な考えは捨て、音読に適するものと、適しないものとを見極めた上で、効果的な音読というものを考えなければならないであろう。
次に、視覚に注目したい。すなわち、書道との関連を考えてみることとする。書道は、日本文学・中国文学・古文書学・日本史などとの関連を持つものである。「かな書道」で著名であり、国文学者でもあった尾上柴舟(八郎)氏は、和歌の聴覚と視覚からの味わいの重要性についても指摘している。実際、活字とは異なった墨継の呼吸や書体や文字の配置など、視覚からの味わいも和歌や漢詩、写本や近現代の作家の自筆原稿から感じることができる。例えば、『土佐日記』なども「かな」で書かれた日記といわれるが、活字化された教材では漢字に直されてしまっていてよくわからないが、写本を見せれば「かな日記」であることがすぐに理解できる。近年の国語教育は、ワープロの文字が判別できればよいという考え方から、漢字の書き取りを以前ほどは行っていない。そのため生徒の漢字の書き取り能力は数段落ちている。実際の授業でも漢字を行書ぎみに崩して書くと判別できない生徒もいるのである。また、指導する国語の教員も書道に対して興味や素養のない者が多くなり、板書する文字も癖のある文字であることが多くなった。書家の石川九揚(一九九八)は、小説家の三島由紀夫の世代から、毛筆を軽視する時代に入ったと指摘している。
日本では、筆跡診断としては犯罪捜査の視点で、心理学者の町田欣一氏の研究が知られているが、書道・心理学・教育という視点でとらえたものとして、森岡恒舟氏の研究に注目してみたい。書家でもある森岡恒舟氏は、専門の心理学の立場も加えながら、「心と文字」との関係を研究し、人格陶冶・人格形成としての書道教育の必要性を指摘しているが、「国語教育と書道」との重要性も考えてみる必要がある。日本の芸道は、形から入ることの重要性を大切にしてきた。そのような形式美と心との関係にも注意する必要がある。しかも、国語と書道とを別にしてしまっては、視覚の味わいも見えてこない。これは惜しいことである。音読という聴覚による音の芸術は見直されてきているのであるから、視覚という芸術面から学ぶことも見直したいものである。
入試の国語を生かす方法
入試の国語というのは、「入試」「受験」と名がつくために、国語教育の現場からは批判の対象になりやすい。しかし、入試問題を作成する立場としては、「このくらいの基礎はできてほしい」ということが暗黙の内に示されているとも読み取れるのである。しかも、学校教育で採用されている文部科学省検定済の国語の教科書と入試問題の国語の教科書とでは、比較してみるとレベルが違うのである。つまり、高校や大学での要求している水準よりも、学校教育の国語ははるかにレベルが低いのである。そのため、国語の基礎を教科書で身につけるよりも、塾や参考書などを軸に、「入試で国語の基礎を身につける」ことの方がよいと言っても過言ではない。実際、石原千秋氏も入試問題を作成する立場から、入試問題を作成するときに高等学校の国語教科書を読んでみたところ、教科書のあまりのレベルの低さに唖然としたことを指摘している。
また、特に現代文という科目は、大学での近代文学の「文学」「社会学」「歴史学」の融合として考える見方を反映して、入試問題では多くの新しいジャンルのものが出題され、リベラルアーツとしての要素が強くなっているし、論理性も重視されている。それに対して学校の国語教科書は、古めかしい文章ばかりが並び、文学的要素の強い文章を中心に配列されている。
このように考えてみると、入試国語は「悪」ではなく、むしろ「善」として生かすことが大切なのではないだろうか。単に入試問題を解く技術を磨いたり、知識を暗記したりするだけではなく、その背後にあるものも解説していけば、すぐれた国語教材となるばかりでなく、教養を高め人格陶冶にもつながる可能性を持っているのではなかろうか。さらには、読書量の不足を十分に練られた精選された文章をある程度読むことによって、読書量の不足が補えるのではなかろうか。そのように国語教育は新たな段階にきていると私は考えている。
読書と国語教育
知性を磨くには、読書は欠かせないが、その読書法として精読・濫読・速読などがある。また、本のジャンルもさまざまなものがある。そこで、知的生産としての読書について考察してみる。
第一に、読書は何のために行うのかを考えてみる。読書は単なる知識のレベルに留めるためのものではないであろう。孔子のいう、君子(教養人)と小人(知識人)とを分ける読書の方法があるはずである。哲学者で教育に重要な発言をした森信三(二〇〇一)は、読書は知識を増やすためのものではなく、体に栄養が必要なのと同様に、心の栄養になるものでなければならないと述べている。そのためには、偉人伝、人生哲学、和歌集(特に『万葉集』)などがよいとし、雑多な知識が統合されると述べている。この論からもわかるとおり、仕事のために知識だけを得るのも止むを得ない面もあるが、真に人間として心の栄養となる読書を心がけたいものである。
第二に、読書を行う空間について考えてみる。何かと忙しいとどうしても、読書をする時間が取れなくなってくる。しかし、忙しい合間を上手に使って読書を行うことが重要であろう。文芸評論家の加藤周一氏は、隙間時間を利用した読書が実は必要であることを力説しており、頭脳の活性化と関連させて述べている。陽明学者であった安岡正篤氏は、「硬い読書」と「軟らかい読書」とに分け、普段は中国哲学などの古典の「硬い読書」を精読することを勧めているが、それだけでは頭が硬くなってくるので、「軟らかい読書」も混ぜることを勧めている。そのためにも、「寝る前」「御不浄」「車中」での読書を行う時間を作ることが必要であると述べている。中国では、小説はつまらないものとして軽視され、歴史書・中国哲学書・漢詩が権威を持ってきた。ある意味で、小説は「軟らかい読書」ということに分類してよいであろう。人間は、だんだんと思索していくために、通常は硬い読書が中心となるものだが、たまには、柔軟性を保つために軟らかい読書も織り交ぜたいものである。
第三に、読書の幅を広げていく方法を考えてみる。一般に、ある気に入った本の参考文献や引用文献としてあがっているものを順に読んだり、特定の著者の他の本を読んでみたりすれば、次々に読みたい本が出てくるものであろう。地球物理学者の竹内均(一九八〇・一九八七)は、一冊の本からその中で紹介または引用されている本を順番に読むようにすれば知識が次々に増えるので、効果的であることを述べた。この方法を「つるったぐり読書法(芋づる式読書法)」と命名している。この方法は、社会学者である清水幾太郎(一九七二)のいう、「おおげさに準備する」ことと一致しているとも考えられ、学者・研究者と呼ばれるタイプの人々が行う典型的な読書法である。文化人類学者の梅棹忠夫(一九六九)は、江戸時代の新井白石の例を示しながら、手帳やカードなどのメモを書き付ける読書の仕方を述べている。この方法は、渡部昇一(一九七六)に引きつがれているといえるかもしれない。英文学者で評論家の外山滋比古は(一九八一・一九八六)は、既知のものを読む「α読み」と未知のものを読む「β読み」とに分けている。その上で、未知のものを読む「β読み」のほうを推奨しており、読書の大切さを説いている。この方法は知的好奇心には欠かせない読書法といえる。この方法は心理学者の多湖輝氏の述べる「なぜ・なに」という精神の重要性と一致している。英語学者で評論家の渡部昇一氏は、『知的生活の方法』で、一回目に本を読んだときに線を引いておき、そののち、その線を手がかりに情報カード(京大型カード)に日付とタイトルを記入するというスタイルをとっており、それらを分類していくという方法をとっている。この方法は、知識を確実なものとして習得することができ、多くの分野の著作を生み出してきた発想の原点でといえる。
自己浄化・自己修養としての国語教育
自己を浄化することのできるものとして、古来より、漢詩・和歌があげられてきた。これらの韻文について、もっと取り組みが必要ではないだろうか。安岡正篤氏は漢詩・中国哲学・中国の史書を読むことを自己研鑽の立場から勧めた。これらの書物からは、先人の叡智を学ぶことができ、たいへん感化される点で精神の栄養になるといえる。近年では、渡部昇一氏が、漢詩や和歌の重要性(とりわけ漢詩の暗記を勧めている)を説いている。記憶力・国語力強化の点で、たいへん漢詩の暗記はすぐれている。また、森信三氏は和歌の中でも、とくに『万葉集』やその影響を受けたアララギ派(特に島木赤彦)の歌を勧めている。『万葉集』には、日本人としての素朴な感性、そして言霊が十分に生かされており、音読すると神々や自然との一体感を感得できるのが特徴である。確かに論理的な能力や教養を高めるということで、評論・論説文などを主体に文学・歴史・社会学の融合的なものを学ぶという国語教育や入試国語の方向性は理解できる。しかし、自由な発想や自己浄化、そして国語力とセンスを磨くためにも漢詩・和歌の鑑賞と暗誦は、ことばの芸術としてもすぐれたものであると考えてよいであろう。実際、国語教育の現場でも、漢詩や百人一首を暗記している生徒ほど、国語のセンスがよいという特徴がある。今後の国語教育のあり方に再考を促したいところである。
漢詩・和歌は、国語のジャンルの中で芸術性がもっとも高いと考えられる。実際、一流の文人といわれている人物は、日常の雑踏の中で、ふっと生き抜きとして日常をはなれて和歌・漢詩の世界に浸っているものである。明治期の日本人は、西郷隆盛・正岡子規・夏目漱石・森鴎外など漢詩が得意であった。ぜひ、芸術、そしてカタルシス(自己浄化)としての漢詩・和歌を積極的に取り入れたいものである。
また、近年の国語教育では、文部科学省の検定済の教科書から、国語という科目に対しての「道徳」の要素を持たせようとしていることが認められ、その点について石原千秋氏は『教養としての大学受験国語』の中で、詳細に述べている。しかし、道徳の要素をもたせるにしても、明確に生き方の学びにはなっていないため、渡部昇一氏が述べるように、四書五経などの漢文を多く取り入れて国語力を強化し、偉人伝・人間学としての教材も望まれるところである。しかし、漢文を指導できる教員が少ないため、漢文のよさを伝えられず、単に読み、そして解釈をしている実態があるのは残念である。もっと教員免許を取得する際に、漢文指導法などの必須科目を増やすなどの努力も必要なのではないだろうか。それと同時に、現場の教員も漢文の重要性に気づき、しっかりと勉強することが急務である。
結び
「国語力は大切」と言われているが、単なる学力としてだけではなく、道徳やかつての修身のような役割も担わされていることも認識しておかねばならない。知性を磨き、人格を陶冶していく真の学びになるような国語教育が必要な時期なのではあるまいか。特に二〇〇〇年以降は、「国語」の中でも「現代文」「小論文」がその比率を増している。しかし、その根底にあるものは、古典の存在である。西洋や東洋の古典の存在を重要視して、幅広く国語教育の中に取り入れていくことが必要であろう。古文・漢文・現代文・小論文といったものがそれぞれ別個のもののように捉えられてしまってきている傾向は、いわば視野の狭い好ましくない考え方であろう。国語を古文・漢文・現代文をそれぞれ別個の専門領域として閉鎖してしまうのではなく、共通点と相違点とをしっかりと意識し、古典を軸に知性を磨き、心の栄養になるような読書を確率することが重要である。学問や教育においても、さまざまなものが関連を持つことはいうまでもないであろう。そうした関連を持たせずに別個のものとして扱うと、閉鎖的になり、全体の視野の広がりを妨げるものになりかねない。学際化という広い視点で捉え、人格陶冶を目指した国語教育が今こそ必要なのではないだろうか。
〈注〉
(注1)
こういった古文と漢文との比較をしながら記述するという、試みをしている学習参考書としては、『漢文入門』(駿台文庫)・『中野のガッツ漢文①②』(大和書房)・『飯塚漢文講義入門講義の実況中継・上下』(語学春秋社)・『漢文基礎トレーニング』(駿台文庫)・『ステップ漢文の文型』(日験)・『基礎漢文問題精講』(旺文社)・『漢文のルール』(文英堂)などがある。
(注2)
例えば、現代文の重要語集には、『現代文キーワード』(河合出版)・『現代文読解キーワード』(Z会)などのように現代文読解のためのキーワードに絞ったタイプのものと、『現代語の演習』(中央図書)・『現代文重用語700』(桐原書店)・『入試の現代語600』(文英堂)などのように辞書的に漢語などを全体的に網羅するタイプのものとがある。生徒の間では、前者のタイプのものがよく利用されているようである。また、漢文の語彙を豊富に収録してあり、高等学校でも副教材として採択されている良書としては、『漢文必携』(桐原書店)がある。このような語彙についても漢字・漢文学習を行っていれば、学習もしやすいはずである。
(注3)
『大岡信の日本語相談』を参考にまとめてみると次のようになる。すなわち、古文関係のものを読んでいると、苗字と名前との間に「の」を入れていることが多い。上代では
蘇我馬子・そがのうまこ
のように、本来は、「の」は「氏〔うじ〕」への所属意識を示していた(氏とは天皇家に仕える有力者を中心とする、父系の血族集団を指し、職業や地名から氏をとることが多い)。中古・中世でも
藤原道長・ふじわらのみちなが
源頼朝・みなもとのよりとも
のように、名字(苗字)と名前の間には「の」を入れることで、「その一族の」というニュアンスを示していた。しかし、中古末以降に「氏〔うじ〕」ではなく、「家〔いえ〕」への意識が強くなっていくと同時に(名字は地名や動植物などからとることが多いようである)、氏よりも家の方が結びつきが弱いために、
足利尊氏・あしかがのたかうじ・あしかがたかうじ
のように、正式なときは「の」を入れ、普段は「の」を入れないという風潮が起こった。戦国時代以降には
豊臣秀吉・とよとみひでよし
徳川家康・とくがわいえやす
松平定信・まつだいらさだのぶ
のように、家の名による呼び方が力を得たために、「の」を入れなくなった。結局は、「の」はその家への所属意識といわれている。その所属意識が薄くなってきて、「の」が入らなくなってくるようです。神社で祈祷をあげてもらうときには、正式な呼び名という意識が強いので、神主の祝詞に耳を傾けてみると、「岡田純快・おかだのじゅんかい」「の」をいれて名前を読み上げていることが多い。
(注4)
『新漢詩の世界』『新漢詩の風景』(大修館書店)は、平山久雄氏によって唐代の中国語の復元で漢詩を朗読したものが収録されている。『古典聴覚教材』(明治書院)は、塩谷流の読み方で漢文を朗読している。『朗読源氏物語』(大修館書店)は、金田一春彦氏の監修で関弘子氏によって平安時代の日本語も復元による『源氏物語』の朗読を収録している。『よみがえる自作朗読の世界』(コロンビアレコード)では、与謝野晶子・斉藤茂吉・北原白秋・折口信夫などが自作を朗読しているものが収録されている。
(注5)
心理療法の分野として、「朗読療法」や「童話療法」もあるが、いずれもそのテキストとしては芸術性が高く、音読に適した癒しのあるものに限定されている。その意味では「音楽療法」と似ている。
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