レジリエンスとは

最近知った「レジリエンス」という考え方に感銘を受けたので、宇野カオリさんの解説で紹介します。

レジリエンスとは−(解説)宇野カオリ−

1.“強み”の発揮度は
働きがいを決定する重要な要因

 若者に元気がない、企業の新入社員にやる気が見られない、などと言われて久しい。希望がなくても何となく生きていけるし、自分からやる気を出すとむしろ損をするのではないか、といったメンタリティーが若年層の間で蔓延しているとすればそれは由々しい問題であろう。
 人の「働きがい」を生み出すものとは一体何なのだろうか。米ケース・ウェスタン・リザーブ大学のD・クーパライダー博士は、働きがいに繋がる鍵として、生前のピーター・ドラッカーへのインタビューで得た「強みの上に築け」というメッセージの重みを指摘する。具体的には、「リーダーシップの課題とは、個々人の強みに基づく有機的な連携を(組織の弱さは問題ではなくなるように)創造することだ」という言葉であったという。今、人間の優れた側面を研究するポジティブ心理学に関心を寄せる世界中の研究者が、「強み」という概念が職場で実際にどのように適用されるかを見るために、ポジティブ心理学的視点から企業組織について分析する試みを盛んに進めている。例えば、自分の強みを日々どれくらい発揮しながら生活できているかが人生の満足度レベルを決定する一因となっていることが、数々の研究により明らかとなっている。
 さて、ポジティブ心理学にはいくつかの「強み」に関する研究があるが、その一つに「徳性に基づく強み」研究がある。徳性とは聞き慣れない言葉かもしれないが、安岡正篤氏の言葉に、「人間たることにおいて、何が最も大切であるか。これを無くしたら人間ではなくなる、というものは何か。これはやっぱり徳だ、徳性だ」とある。謙虚さや公平さをはじめ、好奇心や創造性なども人間の徳性と定義されるが、こうした徳性の多様性は、人間の強みが一次元的にではなく多次元的に発揮されることを意味している。
 徳性を強みとして活用するというアプローチは、従来の「自分の長所を伸ばす」といった発想に比べて、格段に実践的な色合いの濃いものとなっている。米ミシガン大学のC・ピーターソン博士は、古今東西の多種多様な文献や関連資料を徹底的に調査した結果、時代や文化を超えた普遍的な24の徳性を特定した。そのうえで、個人における徳性に基づく強みを発見できるVIA‐IS(通称「ヴィア」)という測定法を開発した。

 ここで、職場で個人の強みを発揮すること、つまり、従業員に「自分らしい働き方」を認めることは実際に可能なのかどうか、という問いが生じる。
 英レディング大学・ヘンリービジネススクールの研究者たちは、VIA‐ISを用いて、職場で最も強く発現される強みと、逆に最も発現されない強みとを割り出し、それらの強みが組織や職場の要求とどの程度一致するのかを分析することで、この問いに関する一つの考察を導き出している。

 図1では、欧州における30の官民組織に勤務する60人の中高年層の管理職を対象に、まずVIA‐ISテストを個別に実施し、それから同テストにおける「徳性に基づく強み」の概念に関して全員に説明した後で、次の三つの質問を投げかけている。
 一つ目は、それぞれの強みが職場でどの程度発現されていると思われるかという質問だ(図1左欄)。その結果、職場では、「誠実さ」「判断力」「大局観」といった強みが発現する頻度が比較的高いことが判明した。
 二つ目は、組織または職場で要求される強みと、個人が本来持つ強みとの間でどのような一致または不一致が見られるかという質問だ(中央欄)。「誠実さ」「判断力」といった強みではやはり高い一致が見られるが、「忍耐力」などの強みでは中程度の一致が見られることが示されている。
 三つ目は、職場においてその強みをもっと使うように求められているか、それともあまり使わないように求められているかという質問だ(右欄)。例えば、自分の強みと要求される強みとの一致の度合いが同じく中程度とされる「思慮深さ」と「寛容さ」という強みで見てみると、前者はさらに強く求められているのに対し、後者は職場ではあまり発揮しなくてもよいと考えられていることがわかる。

 ポジティブ心理学のあらゆるテーマを理解する際に重要なのは、それが社会通念に言及しての話なのか、あるいは特定の文脈に限定された上での話なのかを識別することである。以上のような研究結果より明らかなのは、一概に「強みを発揮する」とはいっても、その発揮の仕方は特定の状況によって異なる場合があるということだ。ポジティブ心理学では、自分本来の強みを特定すると同時に、その強みを自分の持ち場でどう活かしていけばよいのか、その方法を身に付ける実践的なトレーニング法も提供している。

2.不屈の精神を養う
レジリエンス・トレーニング”とは

 ポジティブ心理学における実践的なトレーニング法としてはもう一つ、「レジリエンス・トレーニング」と呼ばれるものがある。同トレーニングは、臨床的にはうつ病や不安障害などを予防する効果があることで知られているが、現下のような厳しい経済状況にあっても人々が元気に日々を乗り切るための一つの対処法として、一般にも注目されている。そのため、企業からも需要の高いものとなっている。

 レジリエンスとは一般に、「困難に打ち勝つ心の力」「挫折から回復・復元する弾力性」などと説明される。この名称は今後、カタカナ表記でわが国に定着するものと思われる。あるいは、レジリエンスの訳語として、より洗練された日本語を求めるのであれば、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏による「しなやかさ」という言葉が一つの候補として適切であろう。
 英レディング大学のC・ヒレンブランド氏は、レジリエンスに関係する強みとして、(1)変化に対する順応性(柔軟性)、(2)希望(楽観性)、(3)忍耐力、(4)大局観、(5)社会的知能という五つの徳性に基づく強みを指摘している。面白いのは、「しなやかさ」という特徴が、こうした一連の強みの発現を可能にすることにも繋がる事実である。

 では、希望(楽観性)や忍耐力といった強みがレジリエンスと深く関係しているというのはどういった構造によるものなのだろうか。米スタンフォード大学のS・リューボミルスキー博士は、「楽観とは状態であると同時に、目標を達成する道である」と定義する。
 人は特に困難に直面したり、窮地に立たされたりしたときに、深く悩み苦しむことになる。その過程で、耐え抜くことや努力を重ねることの大切さを学び取るのか、あるいは絶望感に打ちひしがれて目標に向かうことを完全にやめてしまうのか。大雑把に分けて二通りのタイプがあるとすれば、楽観性を備える人は諦めない道を選ぶことになる。またそこには忍耐力が、諦めないことに伴う条件として重要となる。
 このような見方に関連して、ペンシルベニア大学のA・ダックワース博士は「不屈の精神(根性)」に焦点を当てた興味深い調査研究を続けている。その研究では、誰もが持つ、一人ひとりに賦与された独自の能力(才能)が、物事を成し遂げる力となるためにはどのような過程を経ることが考えられるかが分析されている。
 図2は、「才能」が「スキル(技能)」として練成されるには「努力」という要因が必要不可欠であり、さらにはそのスキルと努力とがいわば共働したときに「達成」に至る、という図式である。楽観とレジリエンスは、こうした構造全体の成立を可能とすることに不可分に結び付いていると考察される。
 例えばPTSD心的外傷後ストレス障害)はよく聞かれるが、心的外傷を被った後でも成長するという人間の可能性に注目するのがポジティブ心理学であり、そうした可能性をより実現しやすいようにするのが適応能力としてのレジリエンスである。今やポジティブ心理学といえばこのレジリエンスという言葉を聞かない日はないほどなのだが、それは以上のような着眼点による。
 レジリエンスは短期間のトレーニングで習得可能な一種の「テクニック」であるという点を重視したのがレジリエンス・トレーニングであるが、同トレーニングについては現在、世界中にあらゆる形式のものが見受けられる。それぞれ短期間であっても、または単発であっても、それなりの効果が望めるものなのだが、学術データによって実証されたトレーニング法でなければ一定の評価基準が得られず、肝心の効果の長期的持続性に対する信憑性も保証されない。このことは十分留意されなければならないだろう。
 レジリエンスを習得可能なものにすることの根底にあるのは、一人ひとりが備える独自の強みに働きかける姿勢もさることながら、「自分の人生は変えることができる」とするコミットメント(全人的関与の姿勢)であると、ペンシルベニア大学のK・ライビッチとA・シャテーの両博士は指摘する。
「失業率の上昇、有力金融機関の破綻など世界経済が低迷している今こそ、組織・職場に『しなやかさ(レジリエンス)』を生み、育てるのに最適なタイミングかもしれない」と語る一橋大学大学院のパトリシア・ロビンソン博士も、レジリエンスの習得におけるコミットメントの重要性を指摘している。

 ロビンソン博士は、「しなやかな職場」(日経ネットPlus2009年2月16日)という論評の中で『Resilience at Work』(『仕事ストレスで伸びる人の心理学』ダイヤモンド社刊)を取り上げ、米イリノイ・ベル・テレフォン社に勤務する450人の管理職を対象に実施された12年間の調査に基づく結果分析を紹介している。
 同社の事業縮小に伴う失業や、組織改変に伴う大きな変動を経験した半数以上の従業員のうち、約3人に1人がストレスに耐えただけでなく、そうした経験から成長した様子を見せたことが判明したという。
 図3は、同じ逆境を経験しても、それを乗り越える人とそうでない人との間で観察された、共通した特徴を要約したものである。コミットメントという要因が他の要因と共にいかに重要であるかがわかる図式となっている。

図1(左)

図2・3(右)

(注釈)
 本稿でご紹介した「強み」に関する詳細については、クリストファー・ピーターソン著『実践入門 ポジティブ・サイコロジー――「よい生き方」を科学的に考える方法』(春秋社刊)をご参照いただきたい。また、VIA‐ISは「ポジティブ・サイコロジー ペンシルベニア大学公式ウェブサイト」(www.authentichappiness.sas.upenn.eduにて「日本語」を選択)で無料でオンライン利用できるようになっている。わが国でも現在、こうした測定法の公開を含めて、ポジティブ心理学の応用・実践面について実際に検証していくためのスタートラインが徐々にだが整いつつある状況にある。
 なお、レジリエンス・トレーニングについては、いずれ本格的な邦訳書が刊行される予定だが、現時点で要点を知ることのできる一冊として、マーティン・セリグマン他著『つよい子を育てるこころのワクチン――メゲない、キレない、ウツにならないABC思考法』(ダイヤモンド社刊)を挙げておく。