論語の名句

【『論語』の名句】 加地伸行(二〇一五)『論語のこころ』講談社学術文庫

一  子曰く、辞は達するのみ。
老先生(孔子)の教え。文章を書くなら、達意であれ。

二  子曰く、巧言令色、鮮(すくな)なし仁。
老先生の教え。(他人に対して人当たりよく)ことばを巧みに飾り立てたり、外見を善人らしく装うのは(実は自分のためというのが本心であり)、「仁」すなわち他者を愛する気持ちは少ない。

三  子曰く、利に放りて行なへば、怨み多し。
老先生の教え。利害打算だけで行動すると、他者から怨まれることが多くなる。

四  子曰く、過ちて改めず、是を過(あやま)ちと謂ふ。
老先生の教え。過ちを犯したのに改めない。これが真の過ちである。

五  子曰く、道同じからざれば、相(あい)為(ため)に謀(はか)らず。
老先生の教え。進む道が同じでないならば、互いに心を割って話し合うことはしない。

六  子曰く、其の位に在らざれば、其の政を謀(はか)らず。
老先生の教え。その地位にはいるのでなければ、(差し出がましく)全体運営について口を挟まない。

七  子曰く、吾未だ徳を好むこと色を好むが如き者を見ざるなり。
老先生の教え。美人(色)よりも、教養人(有徳者・人格者)に近づこうという気持ちが強い人物に、私は出会ったことがない。

八  子曰く、徳孤(こ)ならず、必ず隣(となり)有り。
老先生の教え。人格のすぐれている人(徳)は、けっして独りではない。必ず(その人を慕ってそのまわりに)人が集まってくる。

九  子曰く、仁に当たりては、師にも譲らず。
老先生の教え。道徳(仁・人の道)の実践においては、(それが正しい以上、)たとい師に対してであっても一歩も譲らない。

十  子曰く、人能く道を弘(ひろ)む。道人を弘むに非ず。
老先生の教え。人間が(努力して)道徳を実質化してゆくのであって、道徳が(どこかに鎮座していて、それが自然と)人間を高めてゆくわけではない。

一〇 子曰く、教へ有りて類無し。
老先生の教え。教育によって、人間の区別(類)がなくなるのだ。

一一 子曰く、学は及ばざるが如くせよ。猶之を失はんことを恐れよ。
老先生の教え。学問をするとき、自分はまだ十分でないという気持ちをいつも持て。しかも、得たものは失わないと心がけよ。

一三 子曰く、学びて思はざれば、則ち罔(くら)し。思ひて学ばざれば、則ち殆(あやふ)し。
老先生の教え。知識や情報を(たくさん)得ても思考しなければ(まとまらず)、どうして生かせばいいのか分からない。逆に、思考するばかりで知識や情報がなければ(一方的になり)、独善的になってしまう。

一四 子曰く、苗にして秀でざる者、有るかな。秀でても実らざる者、有るかな。
老先生の教え。苗の中には、(途中で枯れて)花の咲かないものもある。花が咲いても(秀)、実をつけないで終わるものもあるぞ。

一五 子曰く、知者は惑はず、仁者は憂へず、勇者は懼(おそ)れず。
老先生の教え。賢人は迷わない。人格者は心静かである。勇者は恐れない。

一六 子曰く、故きを温めて新しきを知る。以て師為る可し。
老先生の教え。古人の書物に習熟して、そこから現代に応用できるものを知る。そういう人こそ人々の師となる資格がある。

一七 子の慎しむ所は、斎(さい)・戦・疾なり。
老先生が粛然とされるのは、祭祀・戦争・疾病(つまり死)のときであった。