古文の主語2

おはようございます。今回は、前回につづき古文の主語を扱いますが、受験テクニックを批判したいと思います。



主語の転換と接続助詞

 古文の主語の判定で、まず説明を受けるのは、尊敬語の有無である。しかし、エチケットや皮肉を込めるために用いることもある待遇表現であり、塚原鉄雄氏のいう、「主観的な相対的評価」であるために、省略や例外も多い。そのため、塾や予備校の現場では、接続助詞の「て」の前後は主語が同じであることが多く、接続助詞の「ば」の前後は主語が変わることが多いというルールで判定していくことが多い。それでは、どのような影響関係で、接続助詞の「て」「ば」に注目して主語を判定することが行われてきたのであろうか。ここでは、主語と接続助詞について述べた初期のものと思われる、森野宗明氏(1971)・石井秀夫氏(1985)・関谷浩氏(1990)の著作をもとに論じてみたい。
 主語と接続助詞との関係を論じた学習参考書は、森野宗明氏の『古文標準問題精講』(旺文社)を嚆矢として、石井秀夫氏が『文章吟味の公式』(聖文社)で扱い、さらに関谷浩氏が『古文解釈の方法』(駿台文庫)で接続助詞の「て」に注目した主語の転換に言及している。特に、関谷浩氏は『古文解釈の方法』(駿台文庫)の中で、約一章分を使って構造的に読解する一方法として接続助詞に注目する方法を述べた点に大きな特徴がある。その影響で、
接続助詞の「を・に・が・ど(ども)・ば・ものの(ものを・ものから・ものゆゑ)」の前後は主語が変わりやすく、接続助詞の「て・で・つつ・ながら」の前後では主語が変わりにくい(注2)。
などと説明する予備校の講師が、現在では多くなっている。しかし、これは拡大解釈した結果といわざるを得ない。関谷浩氏は『古文解釈の方法』の中で、
○(接続助詞の)「て・で・つつ」などは叙述を完結する力がないので、掛っていく文節を求めながら、切らずに下へ読み進めていく。ただし、係っていく語句は直下にだけとは限らず、間を隔てて係ることもあるので、注意を要する。
○(接続助詞)の「ば・ど・に・を・が」などは、ある程度叙述がまとまったところに付くので、そこで意味のまとまりを想定していく。「に・を」は格助詞でも接続助詞でもかまわない。
と述べているからである。
ここで、接続助詞「て」の扱いについて考えてみたい。塚原鉄雄氏は『国語構文の成分機構』(新典社)の中で、
接続助詞<て>は、現代語のそれと異なり、この助詞を介して連接する二語の分離性を明示する機能を持つ。
と述べている。さらに、「観点の転換」として、
○夜ふけてくれば処どころも見えず。『土佐日記
の例では、「夜がふけてから私たちが来るので」と解釈し、
○舟出してゆく。うらうらと照りて、漕ぎ行く。『土佐日記
○よき日いできて漕ぎゆく。『土佐日記
の例では、「漕ぎゆく」のは作者を載せた船の行動に転換していると述べている。この「観点の転換」について、
作者の観点が、ひとつのセンテンスの中で、移動して転換しているわけである。通常は、そうした転換を意味する語句が、センテンスのなかに存在するのだが、そのような場合には、注意を要する。日本語の特色のひとつで、後世になると、鎖型構文によって展開する複雑なものが生じるけれども、まだ、この時期のものは比較的単純で、転換は、作者の行動を叙する場合に限って現れるようである。
と述べており、文を見渡すことの大切さを説いており、読解の上で重要な指摘である。
学習参考書の記述としてはどうなのであろうか。森野宗明氏・石井秀夫氏・関谷浩氏の記述を整理してみると次のようになる。
◇森野宗明氏(1971)「接続助詞の前後で主語の転換が起こることがよくある」
石井秀夫氏(1985)「接続助詞『て』をはさんで、上下の主語が転換することがある」
◇関谷浩氏(1990)「接続助詞の『て』の前後では動作主体は同一である(すべてではない)」
このように整理してみると、森野宗明氏は接続助詞に注目し、石井秀夫氏から次第に「て」について着目していったことがわかる。石井秀夫氏の記述は塚原鉄雄氏の論に近いといえる。また、関谷浩氏の記述が拡大して、「『て』の前後は主語が同じ」という説明を施す講師が多くなっていったことが推測される。
この接続助詞に注目する方法には例外も多いことから、反対の立場に立つ意見もある。特に、山本康裕氏は『古典文法』(PHP)の中で、次のような「て」の前後で主語が変わる例を入試問題も交えながら、
○(帝は)かぐや姫の御もとにぞ、御文を書きて通はせ給ふ。(かぐや姫は)御返り、さすがに憎からず聞こえかはし給ひて、(帝は)おもしろき木草につけても御歌をよみてつかわす。『竹取物語
○(宮は)「さは、今日は暮れぬ。つとめてまかれ」とて、御文書かせたまひて、(宮は童に)たまはせて、(童は)石山に行きたれば、(式部は)仏の御前にはあらで、・・。『和泉式部日記』
○夜更けて(紀貫之たち一行が都へ)来れば、ところどころも見えず。『土佐日記
○行き過ぐるままに、(雑色たちが)大傘を引き傾けて、(少将と帯刀は)傘につきて屎の上に居たる。『落窪物語
○(朝廷は)大宰権帥になしたてまつりて、(菅原道真は)流されたまふ。『大鏡
○「然らば二十七日は我が心ざしの日なれば、ここにて一飯必ず」と(石川丈山は)約束して、(小栗は)立ち行きぬ。『武家義理物語
などの例をあげて、
接続助詞「て」は、本来、完了の助動詞「つ」の連用形である「て」から、転じて成立したものである、といわれておりまして、断止機能(叙述を中断させる働き)があります。だから、右のように、主語の変わる例が、見られるのです。現代語・現代文の「て」では、ほとんど主語は、かわりません。古典語に存在した断止機能が、弱まったためかと思われます。・・<中略>・・最近では、講師たちのトーンが少し落ちて来て、「『て』で主語はかわらないことが多い」などと書いてあります。「かわらない」と断定していた時代よりは、数段改善されましたが、まだまだダメです。いらんことは、言わないほうがいい。生徒たちは、日常語で、主語がかわらない「て」を使っています。腹の中に、入っていますよ。古文も日本語なのだから、ほっといても理解しますよ。「法則だ・方式だ・公式だ」と、いかにも有効な手段であるかのように、言挙げする。いやですねえ。「て」について、「主語が変わりにくい」などと書いてある参考書は、国語学・国文学を、キチンと学んでいない、言わば「素人」であることを、自ら告白している本だと言ってもいいでしょう。プロはそんなこと言わない。この風潮も、受験産業が生んだ、一種の「徒花」かもしれません。
と痛烈に批判し、接続助詞「て」に注目するやりかたに反対している。山本康裕氏は、参考文献として、塚原鉄雄氏の『国語構文の成分機構』(新典社)をあげているので、「て」の「断止機能」を本質として論じていることが推測される。
ここで、接続助詞に注目した際に生じた主語の転換の例外をどう処理するかが問題となるであろう。そのことを述べた参考書は、主語の第三、第四の箇所で言及した桑原聡・柳田緑氏の『これでわかる古文漢文』(文英堂)である。この本では「て」が「ので・から」という原因・理由の意味になるときと、「ば」が心情を表す活用語に下接するときに例外が生じるとしている点で、一歩踏み込んだ解説を加えているといえるであろう。しかし、やや強引な解釈のレベルで説明しているという感じは否めない。
塚原鉄雄氏、森野宗明氏、石井秀夫氏、関谷浩氏、山本康裕氏の意見を取り上げて論じたが、諸氏は国語学(日本語学)専攻という特徴があり、語法的な面を真摯な態度を受け止めているといえるのではなかろうか。それに対して、現在、予備校の現場などで行われている接続助詞で主語の転換が行われるという拡大解釈は、真摯な態度を欠いたものといえるのではないだろうか。