細江逸記『動詞叙法の研究』

細江逸記(1932)『動詞叙法の研究』篠崎書林
叙法については、ムードの種類として対立があるが、日本語の陳述論争・モダリティ論争以前に、叙法としての研究は、細江逸記がすでに『動詞叙法の研究』の中で、「indicative」を叙述内容を事実界のものとして述べる言い方で「叙実法」と訳し、「subjunctive」を叙述内容がただ脳裡に浮かべられている言い方で「叙想法」と訳し、日本語でも「ん」に「甲斐なく立たん名こそ惜しけれ」のようがあるとしていることで引用されるものである。

「扉」
すべて世にすぐれた
る人の言ひたる事に
委ねて強ひて心を用
ひずして考へ正さず
おきてはつひにその
ひがめるすぢも直ら
ずしてやみぬべきを
いとほしみおもひて
やむことなく言へる
なり
鹿持雅澄

「き」「けり」
pp.43-53
この箇所では、『動詞時制の研究』で述べた「き」の「経験回想」「目睹回想」と「けり」の「非経験回想」「伝承回想」を示し、以下の例文を引用し、「叙述」の力ばかりでなく、強烈な「叙想」の力を有するものであることを示している。
父上よけさはいかにと手をつきて問ふ子を見れば死なれざりけり(故落合直文先生)
困ったなあ
こりゃ驚いた
今度の上りは何時でした
さあ、何時だっけ
「む」「べし」
pp.52-53
以下の「む」の例をあげて、と述べて未然段を叙想段とした方が適切であると述べている。
居り明かし今宵は飲まむ郭公鳥明けむ朝は鳴き渡らむぞ(萬葉集、巻18)
「べし」については以下の用例をあげ、shall,shouldと近似的関係であるとしている。
万代に年は来経とも梅の花絶ゆることなく咲き渡るべし(萬葉集、巻5)
夜ふけ侍りぬべし(源氏物語、桐壺)
わがせこが来べき宵なりささがにのくものおこなひ今宵しるしも(日本書紀、巻13)
「き」「けり」「む」「べし」については、『動詞時制の研究』で示した例文を基本にして他の例文を加えながら、叙想法について述べている。