白川静の業績

 こんばんは。私が漢文と親しくなったのは、石川忠久博士の担当するNHKラジオの漢詩講座を聞いたのがきっかけでした。そのラジオ講座からは、多くのことを学びました。その講座で、白川静氏の『詩経』と『万葉集』との比較研究のことを知りました。
 そして最近、書店を覗いてみると、現代を代表する漢字学の大家の「白川静〔しらかわしずか〕」氏の研究を紹介してある本がありました。
 白川静氏は晩年、漢字の字源の研究で知られ、『字通』『字訓』『字統』という字書三部作を完成させました。この字書の字源解説は、従来は中国最古の漢字字典である『説文解字』をベースにしていたものを、根底から見直したもので画期的で、書家や姓名判断の人々からは支持されています。ただし、そこで用いた手法は、金石文という新たに出土した資料をもとに、民俗学的に構築したものです。そのため、批判もあります。民俗学の手法には、たえず批判がつきまとうものなのです。特に、京都大学吉川幸次郎(中国文学者)や貝塚茂樹東洋史学者)は、白川静氏の説を抹殺していました。そのため、世の中で知られるようになったのは、両氏がなくなったあと、つまり、白川静氏が還暦を過ぎてからでした。
 白川静氏が一般向けに書いた手軽なものとしては『漢字』(岩波新書)などがあります。白川静氏は、働きながら立命館の夜学に通って勉学をした方で、30代後半で大学を卒業した苦労人でした。若い頃は漢字の研究だけでなく、「孔子」の哲学の研究などでも知られていました。その研究をベースにまとめたものが『孔子伝』(中公文庫)です。やや難解ですが、中国哲学の専門家からは名著として読まれています。また、中国最古の詩集である『詩経』と、日本最古の和歌集である『万葉集』との比較文学研究でも有名で、『詩経』(中公文庫)という著作もあります。
 亡くなる五年ぐらい前の文化講演会で白川静氏が「九十歳になりましたが、卒寿〔そつじゅ〕として祝ってくれてうれしいが、卒という字は死を意味するので、複雑な気持になります。そこで古代の中国では九十歳になると宮中では鳩杖をつくことが許されたので、九十と音を掛けて鳩寿〔きゅうじゅ〕と名称を変えてほしいものです」と話していたのを思い出します。漢字の大家らしい話ですね。最期、病院で亡くなるときも、死の直前まで囲碁任天堂のゲームでやっていたそうです。「最近のゲームソフトは、定石を知っておる」と語っていたそうです。
 なお、従来の『説文解字』の延長で説明してあるオーソドックスな漢字の語源辞典としては、加藤常賢『漢字字源辞典』・藤堂明保『漢字語源辞典』・加藤道理『字源物語』を読むとよいでしょう。字源による姓名判断では、これらを参考にして命名することが今でも多いと思います。