時枝文法とその流れ

 こんにちは。今日は、夕方から仕事なので、今更新しています。先日、時枝誠記の話題がでたので、時枝文法について書いてみたいと思います。時枝誠記(ときえだもとき)氏は、言語過程説で有名な人物です。入子型(いれこがた)という図式で説明する手法は、日本語の文構造を説明する上で大きな影響力を与えました。現代の気持ちを示す助動詞の部分を指摘したものと考えてよいでしょう。橋本進吉の文節という考え方は限界があり、それに代わるものとして期待されたものでした。鈴木一彦氏のように純粋に継承しようとする人物もいますが、全体的な傾向として、言語学的なものとして取り入れられています。なぜかというと、チョムスキーと考え方が似ているからです。法政大学教授でチョムスキー生成文法を専門としている佐川誠義(さがわまさよし)氏によると、「時枝誠記チョムスキーは、気持ち悪いぐらいに似ている」そうです。チョムスキーの登場する五十年ほど前にすでに時枝が指摘していることは注目に価するといえます。
 チョムスキー生成文法、認知文法、時枝文法などの長所を取り入れたものとしては、青山学院大学教授の近藤泰弘(こんどうやすひろ)氏の名著、『日本語記述文法の理論』があります。この本は金田一賞を受賞した作品です。すばらしい作品なので、一年間、近藤泰弘氏の講義を聴講させていただいたことがあります。講義内容もすばらしいものでした。
ただ、時枝文法にも多くの弱点があり、ご本人も「理論だと例外が多くなると破綻してしまう。私も理論のものを書いてきたが、むなしい。実証的なものを書きたかったが、学者として一番よいときに、消京城大学という何も資料のない大学に赴任してしまったために、理論でしか研究できなかったのが残念だ」と晩年述べていたそうです。時枝誠記の講義を受講していた古田東朔氏(東京大学名誉教授)は、「時枝先生の講義は、実証的なものだった」と述べています。やはり、学者として一番研究できるときの環境というのは大切ですね。時枝誠記も実は、理論家ではなく実証派だったのでしょうね。
なお、時枝誠記の後任には、松村明(まつむらあきら)が東大に入りましたが、実は亀井孝一橋大学名誉教授)氏が最有力だったのです。ところが、時枝の後任を狙っていた大野晋学習院大学名誉教授)氏と学会で激しく喧嘩ばかりしていたために、穏やかな松村明(江戸語の研究で知られています)氏を後任にしたといわれています。大野晋は先輩にあたる亀井孝に譲ればよいものを、欲を出したために、結局、二人とも東大に戻れませんでした。一般的には、「大野晋が悪い」といわれています。
亀井孝氏は、天才的な人物だったたけに惜しい方でした。結局、一橋大学では、後継者が育たない土壌なのです。亀井孝の研究は多岐にわたっているので、継承する人物がいないのは実に残念です。唯一、亀井孝の言語分野を継承しているのが田中克彦氏だけです。