『平家物語』の語る木曽義仲の人物像

おはようございます。今回は、私が学生のころに書いたレポートを掲載します。歴史学者石母田正氏の影響を受けて書いたレポートです。興味のあるかたは、石母田正(いしもたしょう)『平家物語』(岩波新書)を読むと歴史と文学についての視点が養われます。

平家物語』の語る木曽義仲の人物像

 『平家物語』の中での主人公は、第一部が平清盛、第二部が木曽義仲源義経である。その、第二部にあたる、巻六から巻八の主人公の木曽義仲もまた、平清盛源義経の場合と同じく、滅びのペーソスがある。
 しかし、異なっている点は、田舎育ちで、粗野なところがあり、馬鹿にされていることである。義仲の上落後の、「猫間」の一篇を見てみる。
  …木曽、大きに笑うて、「猫は人に対面するか」とぞ云ひける。…木曽、猫間殿と  はえ云はで、「猫殿の、食時に、まればいたに、物よそへ」とぞ云ひける。…田舎  合子のきはめて大きに凹かりけるに、飯うづだかうよそひ、御菜三種して、平茸の  汁にて参らせたり。…中納言殿、召さでもさすが悪しかりなんとや思はれけん、箸  取つて召す由して、さし置かれたりければ、木曽大きに笑つて、「猫殿は小食にて  おはすよ。聞ゆる猫おろし給ひたり。かい給へ/\や」とぞ責めたりける。中納言  は、かやうの事に万づ興醒めて、宣ひ合すべきことども、一言も言い出さず、急ぎ  帰られけり。
の箇所などは、田舎育ちの義仲の品のなさが大きく描かれている。それによって、笑いを誘うと同時に、義仲への親しみがわきおこっている。また、この巻八・七の「猫間の事」の話の後半には、義仲がうまく牛車に乗ることができずに、またおりることも作法を知らない様子を、
  …牛は飛んで出づれば、木曽は車の内にて、仰向に倒れぬ。蝶の羽をひろげたるや  うに、左右の袖をひろげ手をあがいて、起きん/\としけれども、なじかは起きら  るべき。…「車には、召され候ふ時こそ、後よりは召され候へ。下りさせ給ふ時   は、前よりこそ下りさせ給ふべけれ」と云ひければ、木曽、「いかでか、車ならん  からに、なんでふ通りをばすべき」とて、つひに後よりぞ下りてげる。
とユーモラスに描き、
  その外をかしき事ども多かりけれども、恐れてこれを申さず。牛飼はつひに斬られ  にけり。
と結んでいる。上洛後の義仲について『平家物語』では、このように、野蛮な人として描かれている。この点について、石母田正氏は、
  作者は、義仲という田舎侍を嘲笑し去ろうとしたのであって、東国弁を丸出しで話  させているのももちろん彼を物笑いにするためである。しかしこの物語ほど、平家  物語のなかで、東国武士の生地がそのまま出ているところも少いし、義仲という人  物がかえって読者の好感を呼びおこすようになっている。作者の意図に反してそう  いう結果になるのは、その軽蔑や偏見にもかかわらず、作者が新しく京都の主人公  となったこの田舎侍を特別の興味をもって忠実に描いたからであろう。
と述べている。しかし、作者は、意図的に読者の好感を呼び起こすようにしているとは、考えられないであろうか。義仲という人物に対して、親愛の情を込めて、描いたのではないだろうか。
 平家物語全体の中での木曽義仲を見た時、猫間の話は、やや挿話のような感じのものであり、大筋には組み入らない。義仲が登場し始めたのは、「廻文」「嗄聲」「横田河原合戦」で、義仲と平氏との北陸の合戦は、巻七の中心をなし、義仲の京都でのありさまは、巻八であり、義仲の最期は、巻九にあたる。
 次に、巻九「木曽の最期の事」を見てみたい。木曽義仲が、信濃から連れ添ってきた巴に、義仲は、
  己は女なれば、これよりとう/\何地へも落ちゆけ。義仲は討死をせんずるなり。  若し人手にかゝらずば、自害をせんずれば、義仲が最期の軍に、女を具したりなど  云はれん事くちをしかるべし。
と告げ、武士の棟梁らしい立派な最期を感じさせる。そして、義仲が今井四郎と主従の二騎だけになった時の、義仲の
  日来は何とも覚えぬ鎧が、今日は重うなつたるぞや。
という場面は、いよいよ最期を予感させるセリフである。最期は、人の手にかかるか、自害かと思って読み進めていくと、
  相模国の住人三浦の石田次郎為久追つかかり、よつ引いてひやうと放つ。木曽殿、
  内甲を射させ、痛手なれば、甲の真向を馬の頭に押し当てて俯し給ふ所を、石田が  郎等二人落ち合ひて、巴に御首をば給はりけり。
と、人の手にかかって死んでしまうのである。やはり、悲劇的な最期である。都での後白河法皇との衝突を軸に、一気に滅んでいく様子は、哀感が漂う。平家物語の主人公として扱いうる、平清盛・木曽由仲・源義経に共通するのは、都に入ってから衰退すること、後白河法皇との関わり合いをもってしまうことが考えられるのではないだろうか。
(参考文献)
佐藤謙三校注(一九五九)『平家物語』角川文庫ソフィア
石母田正(一九五七)「太平記」『平家物語岩波新書
杉本圭三郎(一九八二)『日本文芸作品作家研究―中世―』法政大学通信教育部