非情・有情と旧主語ニ格

非情・有情の受身と旧主語ニ格

小杉商一(1979)の後に出た、金水敏(1991)では、動作主を旧主語と呼び、その旧主語の表示の形式として、次のものをあげている。

ニヨッテ
ノ為ニ
ヨリ
カラ
そして、ニとニヨッテに着目し、ニヨッテについては、松下大三郎(1930)を引用しながら、
○この橋はわが友人によって作られた。
の例をあげ、ニヨッテが加わった結果、非情の受身の表現範囲は、一層広がったと述べ、「新主語が人間でもニヨッテ受身ではもの扱いされる」としている。
そして、主語と旧主語の組み合わせにおいて、
◇非情物+非情物ニ格
◇非情物+有情物ニヨッテ格
◇非情物+非情物ニヨッテ格
となること、つまり、主語が非情物の場合、動作主を示すものが有情物のとき、ニ格では示せなかったが、ニヨッテ格で示せるようになったことを指摘している。
ニヨッテ(古くはニヨリテ・ニヨリ)はいつからについては、同じく金水敏(1991)が次のように述べている。

上代から存在が確かめられるが、受動文の動作主表示に用いられるのは、19世紀のオランダ語直訳の場におけるものが初めてである。つまり、オランダ語の受動文の動作主表示のための前置詞doorに「によって」という訳語が与えられたことに起因する。はっきりニヨッテ受身の形で文献に現れるのは、オランダ文典直訳書が早い。
○彼所ニ併ナガラ一二ノ一般ノ規則ト而シテ経験ガ此ニ就テ巧者ナル語学者ニ由テ定メラレテアル。(竹内宗賢訳『和蘭文典読法』初編9オ、安政三年(1856))
この直訳法は、明治期の英学にも受け継がれた。つまり、受動文のbyがやはり「によって」と訳されたのである。この訳読文型は、明治の中ごろまで、『~直訳』と名付けられた書物の類で用いられた。

金水敏(1991)は旧主語と主格とに注目して、以下のようなパターンに分けている。

    主格    旧主語表示
A 〈非人格的〉  (なし)
B 〈非人格的〉  〈非人格的〉ニ
C 〈非人格的〉  〈人格的〉/〈非人格的〉ニヨッテ
d*〈非人格的〉  〈人格的〉ニ
e 〈人格的〉   〈人格的〉ニ
f*〈人格的〉   〈人格的/非人格的〉ニヨッテ