現代日本語教科書の受身文(改稿)
現代日本語教科書の受身文
はじめに
本稿では、系統の異なる以下の6冊のテキストを調査対象とし、現代日本語教科書の性質と受身文の関係を考察した。また、適宜、教師用指導書や中級テキストも参照した。
1.NAGANUMA(1944)『FIRST LESSONS IN NIPPONGO』財団法人言語文化研究所
2.国際交流基金日本語国際センター(1981)『日本語初歩』凡人社
3.筑波ランゲージグループ(1992)『SITUATIONAL FUNCTIONAL JAPANESE VOLUME THREE:NOTES』凡人社
4.スリーエーネットワーク編(1998)『みんなの日本語・初級Ⅱ本冊』スリーエーネットワーク
5.東京外国語大学留学生日本語教育センター編(2010)『初級日本語・下』(凡人社)
6.坂野永理・池田庸子・大野裕・品川恭子・渡嘉敷恭子(2011)『初級日本語[げんき]Ⅱ』The Japan Times
『FIRST LESSONS IN NIPPONGO』は長沼直兄によって英語で書かれた日本語入門書であり、口頭の習得を目指したロングセラーである。『日本語初歩』は国際学友会系の基本的な表現文型のテキストである。『SITUATIONAL FUNCTIONAL JAPANESE VOLUME THREE:NOTES』は基本的なコミュニケーション志向のテキストである。『みんなの日本語』は海外技術者研修協会系の実用会話重視の採択率の高いテキストとして知られている。『初級日本語・下』はアメリカ構造主義言語学系のテキストである。『初級日本語[げんき]Ⅱ』は、現場でのコミュニカティブ実践を目指す、採択率の高いテキストである。
1.現代日本語教科書における受身記述
1.1 NAGANUMA(1944)『FIRST LESSONS IN NIPPONGO』財団法人言語文化研究所の受身記述
NAGANUMA(1944)『FIRST LESSONS IN NIPPONGO』(財団法人言語文化研究所)では、次のように英語と日本語との受身表現の違いに言及し、日本語の場合には、英語と異なり、受動的事柄に限定して受動表現が使用されることを述べている。
The Japanese passive is very different from the English passive voice. In English the passive voice is used profusely, not because it is absolutely necessary, but because it is convenient to avoid mentioning a subject. It is merely used as a grammatical means. Such construction as “People say that …”or“They say that…”are clumsy, so that“It is said that…”is used to avoid them.
The Japanese passive is different. It is used only when a passive construction is necessary.
In the case of “yodan”verbs the passive voice is formed by adding reru(which has its own inflections) to the negative base(which ends in a)
・・(中略)・・
In Japanese comparatively small number of verbs are used in passive constructions since most sentences may be expressed by the active voice.
また、主語が人間以外の「非情の受身」のケースについても、次のように述べており、日本語本来のものではない表現で、めったに使われないものであることを述べている。
An important thing to remember concerning the passive is that the subject of a passive sentence is usually a living thing such as a person, an animal ,an insect, etc. Inanimate objects are seldom used as subjects or agents except when they are personified or idiomatically used Ame ni hurareru is an example of an idiomatic construction.Further examples are:
Kono sinbun wa hiroku yomarete imasu.
This newspaper is widely read.
Kaze ni hukarete hana ga tirimasita.
Blown by the wind flowers have fallen.
Ano hito no namae wa yoku sirarete imasu.
His name is well known.
このように、NAGANUMA(1944)では、日本語と英語の受動表現の違いに着目しながら、日本語本来の受身文の性質に注目している。また、寺村秀夫(1982)の日本語と英語との対照による日本文法研究につながると考えることもでき、日英対照による日本語教育のさきがけとしてとらえることができる。
1.2 国際交流基金日本語国際センター(1981)『日本語初歩』(凡人社)の受身記述
国際交流基金日本語国際センター(1981)『日本語初歩』(凡人社)では、第31課で扱われ、本文では次の例があげられている。
ええ、 先生に しかられたんです。
あの人は 試験が よく できたので 先生に ほめられたのです。
友だちの たんじょう日に 招待されて、 夕方 家へ 帰る 時の ことです。
ところが、電車の 事故が あって、 駅で 三十分ぐらい 待たされて しまいました。
やっと電車が 来たのですが、 こんでいて となりの 人に 足を ふまれてしまいました。
それから、 駅の かいだんを 下りようと した 時、 今度は 後ろの 人に おされて ころんでしまいました。
いいえ、 さいふと いっしょに 電車の 中で ぬすまれたらしいんです。
すりに すられたのですね。
ええ、駅の 事務室へ 行って、 さいふと きっぷを ぬすまれたと 話しました。
事務室で 十五分ぐらい 待たされました。
やっと 駅を 出て、 家へ 帰ろうと すると とちゅうで 雨に ふられて しまいました。
これらの例をみると、主語の省略も採用し、直接受身・迷惑の受身・ヲ格の受身・持ち主の受身・自動詞の受身をバランスよく含み、非情の受身・ニヨッテ受身・使役受身は含まれていない。このことは、基本的な表現文型を目指したテキストであることを反映している。
1.3筑波ランゲージグループ(1992)『SITUATIONAL FUNCTIONAL JAPANESE VOLUME THREE:NOTES』(凡人社)の受身記述
筑波ランゲージグループ(1992)『SITUATIONAL FUNCTIONAL JAPANESE VOLUME THREE:NOTES』(凡人社)では、第17課で受身について扱っており、次の例文をあげている。
先生がリサさんをほめました。
リサさんが先生にほめられました。
鈴木さんがリサさんのカメラをこわしました。
リサさんが鈴木さんにカメラをこわされました。
このように能動文の例を示した上で受身文をあげている。文法説明としては、以下の例文と説明を示し、直接受身と間接受身とにわけて、間接受身ではヲ格に注目し、迷惑の受身・持ち主の受身・自動詞を受身の例文をあげ、主語が話し手の場合には主語が省略されることを示している。書き言葉の説明文に多く見られる、ニヨッテ格、非情の受身、使役受身については扱っていない。このことは、基本的なコミュニケーション志向のテキストであることを反映した記述であるといえる。
Direct passives
リサさんは山下さんに映画にさそわれました。
スミスさんは先生に翻訳を頼まれた。
こんばん(私は)木村先生に食事にさそわれています。
Indirect passives
(私は)どろぼうにお金をとられた。
(私は)友だちに試験を見られた。
リサさんは雨に降られて困りました。
(私は)ゆうべ友だちに来られて、勉強できませんでした。
The direct passive is used when the actor directly affects the subject. The subject (which can be the speaker) is marked by the particle が(は when topicalized),and the person who performs the action by the particle に.When the subject is the speaker ,私は is usually omitted. Active verb forms are converted to passive forms.
An indirect passive sentence normally implies the subject’s somehow being inconvenienced by the action of the verb.・・(中略)・・In an indirect passive sentence, the person indirectly affected (who may be the speaker) becomes the subject (marked by が or は),his/her belongs which were directly affected by the action are marked by を, and the person performing the action by に.
1.4スリーエーネットワーク編(1998)『みんなの日本語・初級Ⅱ本冊』(スリーエーネットワーク)の受身記述
スリーエーネットワーク編(1998)『みんなの日本語・初級Ⅱ本冊』(スリーエーネットワーク)では、第37課で受身が取り上げられている。以下に「文型」「例文」「会話」を示す。
(文型)
1.子どものとき、よく母にしかられました。
2.ラッシュの電車で足を踏まれました。
3.法隆寺は607年に建てられました。
(例文)
1.けさ部長に呼ばれました。
出張のレポートの書き方について注意されました。
2.誰かに傘をまちがえられたんです。
3.また新しい星が発見されましたよ。
4.ことしの世界子ども会議はどこで開かれますか。
広島で開かれます。
5.ビールは麦から造られます。
6.ドミニカでは何語が使われていますか。
スペイン語が使われています。
7.飛行機はライト兄弟によって発明されました。
(会話)
松本:ええ。ここは海を埋め立てて造られた島なんです。
松本:イタリア人の建築家によって設計されたんです。
これらの例は、直接受身、迷惑の受身、持ち主の受身、非情の受身、二格、ニヨッテ格、カラ格、迷惑の受身、ヲ格、主語の省略があげられているが、自動詞の受身、使役受身はあげられていない。日本語非固有とされてきた非情の受身が多くあげられている点で、海外技術者研修協会系の実用会話重視というテキストの性質が反映されているといえる。
スリーエーネットワーク編(2001)『みんなの日本語・初級Ⅱ・教え方の手引き』(スリーエーネットワーク)では、四つの枠組みで受身文をとらえており(注1)、主語を有情と非情とに分け、主語は有情の場合には「直接受身」を軸としながら自動詞・他動詞の概念を使わずに、「迷惑の受身」「持ち主の受身」を同時に発展内容として扱っている。また、主語が非情の場合には、創造や発見を表す動詞を受身で用いる場合、行為者は「によって」で示すと記述しており、「ニヨッテ格」についての詳細が示されている。
テキストは主語の省略を多用したものであるが、導入として主語を設定して説明をすることを行った上で、主語を省略した例文を掲載していることが理解できる。
スリーエーネットワーク編(2008)『みんなの日本語・中級Ⅰ本冊』(スリーエーネットワーク)では、第4課では文法として、「−させられる・−される」が扱われ、「電話嫌い」という文章の中で「−(さ)せられる」という使役受身が扱われている。また、第12課では「−(ら)れる」と「自動詞の受身」「迷惑の受身」「持ち主の受身」が使われている
(第4課)
1)会社の朝礼で、月に1回「最近思うこと」を話させられます。
2)中学校に入ったとき、校歌を覚えさせられました。
3)会社に入ったとき、3か月間敬語の練習をさせられました。
4)小学校のとき、本を読んだあと、いつも先生に感想文を書かされました。
(第12課)
「れる」
1)昨日、家へ帰る途中、雨に降られて、風邪をひいてしまった。
2)自転車で犯人を追いかけたが、逃げられてしまった。
「られる」
1)ラーメン屋で店員にスープをこぼされて、新しいズボンが汚されてしまった。
2)駅の近くなので、家の前に自転車やバイクを止められて、困っています。
3)店のシャッターにスプレーで落書きされて、困っています。
スリーエーネットワーク編(2010)『みんなの日本語・中級Ⅰ・教え方の手引き』(スリーエーネットワーク)では、第4課で使役受身の作り方を説明し、「使役と受身が組み合わさった表現」「自分の意志でなく他の人からの指示によってVする」と述べ、使役から使役受身を作る文を示している。また、同じ「〜(さ)せられる」「〜される」の形式による「感情使役の受身」(「がっかりさせられた」「感心させられた)など)は第7課で扱われている。
第12課では、初級とは異なり、次のように「間接受身」「自動詞」という用語を使った説明をしているのが、大きな特徴である。初級の「教え方の手の手引き」では「自動詞の受身」「持ち主の受身」「迷惑の受身」を「間接受身」として扱っている。「ヲ格」の有無が間接受身の説明に盛り込まれていない点は気になるところである。「ヲ格」の有無と間接受身との関係は、寺村秀夫(1982)以来、「ヲ格」は能動文でもそのままの形で「ヲ格」として存在していたものであるといわれているため、間接受身では「ヲ格」について触れることが一般的であり、記載したほうがよいと考えられる。
また、この中級テキストの中で使用されている読解の中での受身の使用状況を調査してみると、28例中、非情の受身21例となり、自然可能的な受身が4例あることが大きな特徴となっており(注2)、欧米文直訳の影響を受けた受身文が読解の中では多いことがわかる。「−とみられる」「−と考えられる」などの自然可能的な受身については、スリーエーネットワーク編(2012)『みんなの日本語・中級Ⅱ本冊』(スリーエーネットワーク)の第16課で扱われている。
1.5東京外国語大学留学生日本語教育センター編(2010)『初級日本語・下』(凡人社)の受身記述
東京外国語大学留学生日本語教育センター編(2010)『初級日本語・下』(凡人社)では、24課で受身文が扱われている。24課の「ぶんけい」(短い例文の形で文法事項を提示してあり、未然形を「Vない」で表記している)の箇所を引用してみる。
1.XはYをVます→YはXにVない(ら)れます
マナさんは、先生にしかられました。
アリさんは先生に呼ばれました。
わたしは先生にほめられました。
そのどろぼうは、けいさつ官に追いかけられました。
わたしはマナさんに留学生のパーティーに招待されました。
あの先生は学生たちに尊敬されています。
わたしはパーティーでマリアさんに紹介されました。
2.YはXにNをVない(ら)れます①
わたしは、留学したいと思いましたが、両親に反対されました。
わたしは母に「勉強しなさい。」といつもいわれます。
小林さんはジョンさんに仕事を頼まれました。
アリさんはけいさつ官に住所と名前を聞かれました。
3.YはXにNをVない(ら)れます②
弟は兄に顔をなぐられました。
弟は兄に足をけられました。
弟は兄にかたをたたかれました。
アリさんは犬に手をかまれました。
わたしは弟にカメラをこわされました。
母はどろぼうに財布をぬすまれました。
4.XがV1ます→(Yは)XにV1ない(ら)れます
わたしは、小さい時、父に死なれました。(生活が苦しくなりました。)
わたしたちは母に入院されました。(とても困りました。)
(わたしは)ゆうべ家に帰る時、雨に降られました。(かぜをひきました)
5.NはXにVない(ら)れています
この歌は若い人たちに愛されています。
この新聞は地方の人たちに読まれています。
その国の古い文化は国民に大切にされています。
6.NはVない(ら)れます
先週、会議で新しい予定が発表されました。
昭和三十九年(1964年)に東京でオリンピックが開かれました。
地方では毎年いろいろな古い行事が行われています。
三百年ぐらい前にその神社が建てられました。
きのう記念切手が発売されました。
「ぶんけい」として、「は」「が」「を」「に」の格関係を中心に6つのパターンに分けており、4では状況・心情・主語を補っており、1・2・3・4は主語が人であるのに対して、5・6では「非情の受身」の例文で構成されている。2・3は「ヲ格」を用いた文例である。3・4は「迷惑の受身」の例文で構成されており、広くいえば「間接受身」である。3には、「ヲ格」の入った文例を用いたもので構成されており、「持ち主の受身」である。特に4は「自動詞の受身」で構成されている。6以外は動作主が「ニ格」によって統一して示されている点が特徴的である。「れる」「られる」が未然形に接続することも示しているが、動作主は「ニ格」の例文だけをあげている。「ゆうべ家に帰る時、雨に降られました。」という例文だけは、「非情物ニ格」で示してあり、他は「有情者ニ格」で示している。また、5・6の「非情の受身」の例文では生産性の動詞を用いている。通常、「非情の受身」では、生産性の動詞を用い、「ニヨッテ格」で動作主を示す例を示すことが多いのだが、5では「ニ格」を伴う例で示しているのは特徴的で、目標を「知識〇から一年間で大学で学ぶ力を育成する」としているアメリカ構造主義言語学系のテキストであるため、書き言葉の説明文で用いられる表現も盛り込んだテキストであることが反映されている。
このテキストの教師用指導書にあたる東京外国語大学留学生日本語教育センター指導書研究会編(2009)では、受身文の種類を文型の1から6まで分類し(注3)、直接受身、間接受身、持ち主の受身、迷惑の受身、非情の受身について扱っていることがわかる。
東京外国語大学留学生日本語教育センター編(1994)『中級日本語』(凡人社)は、読解のテキストになっており、その読解の中での受身文を調査してみると、受身文106例の中での非情の受身は92例あり、自然可能的な受身が13例あることが大きな特徴となっており(注4)、欧米文直訳の影響を受けた受身文が読解の中では多いことがわかる。
「−と−れる(られる)」の形式で示される、「−と言われる」「−と見られる」「−と期待される」などが現代語で多用される、多数の人物・集団が動作主となり、叙述内容がきわめて客観的に事務的に述べられる用法については、受身の意識が薄く、「自然可能的な受身」「婉曲的な断定」とも言われている。これらについては、田中章夫(1958)、土屋信一(1962)などによって、明治10年代以降、外国語の影響とともに演説・公用語の世界で多用されたことが影響していると考えられている。この点、「非情の受身」と「自然可能的な受身」は明治以降の受身文の特徴の一つといってもよく、日本語教科書の読解にも表れてくることがわかる。
1.6 坂野永理・池田庸子・大野裕・品川恭子・渡嘉敷恭子(2011)『初級日本語[げんき]Ⅱ』The Japan Timesの受身記述
坂野永理・池田庸子・大野裕・品川恭子・渡嘉敷恭子(2011)『初級日本語[げんき]Ⅱ』The Japan Timesでは、第21課で受身が扱われ、第23課で使役受身が扱われている。それぞれの例文を示してみる。
(第21課)
○会話
ジョン:大家さん、大変です。どろぼうに入られました。
大家:えっ、何かとられたんですか。
警察:寝ている間にどろぼうに入られて、気がつかなかったんですか。
○文法
友だちが 車を 使われました。
私は 友だちに 車を 使われました。
私は となりの人に たばこを吸われました。
たけしさんは メアリーさんに よく笑われます。
山下先生は だれかに パスワードを盗まれたそうです。
私は 友だちに 日記を 読まれました。
私は 友だちに 手紙を 読んでもらいました。
私は その人に デートに誘われました。
私は 兄に 友だちに紹介されました。
私は 友だちに パーティーに呼ばれました。
その人は みんなに 尊敬されています。
(第23課)
○会話
メアリー:そうそう。デートの時、よく待たされた。
メアリー:たけしくんが作った料理を食べさせられて、おなかをこわしたり。
たけし:初めて一緒に踊った時、「盆踊りみたいだ」って笑われた。
○文法
(下手だから歌いたくなかったのに)歌を歌わされました。
(きらいだから食べたくないんですが、いつも)肉を食べさせられます。
私は 彼女に 車を 洗わされました。
私は 友だちに 宿題を手伝わされました。
ゆみは お母さんに 勉強させられました。
これらの例から直接受身、持ち主の受身、迷惑の受身、使役受身、主語の省略、ニ格、ヲ格は扱われているが、非情の受身、自動詞の受身、ニヨッテ格は扱われていないことがわかる。使役受身を初級で扱っているのは特徴的である。全体的には、現場でのコミュニカティブ実践を目指す性質のテキストであることを反映している。
2.現代日本語教科書の受身文の特徴
現代日本語教科書の受身文を比較検討してきたが、扱われている受身の例文の種類を表にしてみると次のようになる。
FLN 日本語初歩 SFJ みんな 初級日本語 げんき
直接受身 ○ ○ ○ ○ ○ ○
持ち主の受身 ○ ○ ○ ○ ○
迷惑の受身 ○ ○ ○ ○ ○
自動詞の受身 ○ ○ ○
使役受身 ○
ヲ格 ○ ○ ○ ○ ○
ニ格 ○ ○ ○ ○ ○ ○
ニヨッテ格 ○
カラ格 ○
主語の省略 ○ ○ ○ ○ ○
非情の受身 ○ ○ ○
○表では『みんなの日本語』は初級を示したため、自動詞の受身と使役受身を扱っていないが、中級では自動詞と使役受身を扱い、受身とは別の項目で自然可能的な受身についても扱っている。つまり、『みんなの日本語』は初級と中級とで、受身をバランスよく扱っているといえる。
○『みんなの日本語』、『初級日本語』、『FLN』は、非情の受身を扱っている。『FLN』は、受身文を日英対照の視点で述べたものなので、網羅的に文型を扱うものではないが、日本語非固有の表現であるとして「非情の受身」を扱っているのは特徴的である。『みんなの日本語』は海外技術者研修協会系の実用会話という性質を反映し、『初級日本語』は大学で学ぶための力の養成を目指しているために、書き言葉や説明文への対応も考慮していることがわかる。
○初級で使役受身を扱っているのは『げんき』だけである。他の日本語教科書の初級では、使役受身は扱っていない。つまり、『げんき』以外の他の日本語教科書では、使役受身の学習項目は初級では扱わない方針であることがわかる。
○初級では『みんなの日本語』と『げんき』は自動詞の受身を扱っていない。日本語は英語と異なり、自動詞でも受身文を作ることができるが、日英の対照で会話を重視するテキストの性質を考えた場合、初級では共通事項である他動詞から受身を作ることを優先したほうがよいという配慮が感じられる。
○『日本語初歩』と『SFJ』は、例文で扱う受身文の種類が同じ傾向になっている。『日本語初歩』は場面に応じた表現文型を目指し、『SFJ』はコミュニケーション志向のテキストであるため、扱う種類が一致したと考えられる。
○『日本語初歩』『SFJ』『げんき』は、ニヨッテ格、非情の受身といった日本語本来の言い方ではないとされている例はあげていないため、日本語本来の言い方も考慮していることがわかる。一方、『みんなの日本語』は、日本語本来の言い方ではないとされている非情の受身、ニヨッテ格、カラ格をあげており、海外技術者研修協会系の実用会話を目指したテキストであることがわかる。
また、初級テキストの続編として、やさしい随筆的な文章の読解テキストの『みんなの日本語・中級Ⅰ本冊』、論説文を中心とした読解テキストの『中級日本語』の受身文を調査したところ、
○非情の受身の割合が高い。
○自然可能的な受身が表れてくる。
ということが指摘でき、欧米文直訳の受身文の影響が推察される(注5)。
3.結び−現代日本語教科書の受身文から−
現代日本語教科書の受身文の特徴を考察してきた結果から述べてきたことをまとめてみる。
○『みんなの日本語』は初級を示したため、自動詞の受身と使役受身を扱っていないが、中級では自動詞と使役受身を扱い、受身とは別の項目で自然可能的な受身についても扱っている。つまり、『みんなの日本語』は初級と中級とで、受身をバランスよく扱っているといえる。
○『みんなの日本語』、『初級日本語』、『FLN』は、非情の受身を扱っている。『FLN』は、受身文を日英対照の視点で述べたものなので、網羅的に文型を扱うものではないが、日本語非固有の表現であるとして「非情の受身」を扱っているのは特徴的である。この考え方の枠組みの流れで、寺村秀夫(1982)の受身の論を見ることができる。この点で、日英対照による日本語教育での根本的な受身の考え方を示したものとして位置づけることができる。『みんなの日本語』は海外技術者研修協会系の実用会話という性質を反映し、『初級日本語』は大学で学ぶための力の養成を目指しているために、書き言葉や説明文への対応も考慮していることから、非情の受身を扱っていることがわかる。
○初級で使役受身を扱っているのは『げんき』だけである。他の日本語教科書の初級では、使役受身は扱っていない。つまり、『げんき』以外の他の日本語教科書では、使役受身の学習項目は初級では扱わない方針であることがわかる。
○初級では『みんなの日本語』と『げんき』は自動詞の受身を扱っていない。日本語は英語と異なり、自動詞でも受身文を作ることができるが、日英の対照で会話を重視するテキストの性質を考えた場合、初級では共通事項である他動詞から受身を作ることを優先したほうがよいという配慮が感じられる。
○『日本語初歩』と『SFJ』は、例文で扱う受身文の種類が同じ傾向になっている。『日本語初歩』は場面に応じた表現文型を目指し、『SFJ』はコミュニケーション志向のテキストであるため、扱う種類が一致したと考えられる。
○『日本語初歩』『SFJ』『げんき』は、ニヨッテ格、非情の受身といった日本語非固有とされている例はあげていないため、日本語本来の言い方も考慮していることがわかる。一方、『みんなの日本語』は、日本語本来の言い方ではないとされている非情の受身、ニヨッテ格、カラ格をあげており、海外技術者研修協会系の実用会話を目指したテキストであることがわかる。
○読解テキストの使用例として、自然可能的な受身の用例が多く見られるので、非情の受身とともに初級または中級の受身の文法事項で扱ってもよいのではないか。非情の受身と自然可能的な受身は、初級・中級テキストまたは初級・中級の教師用指導者でも扱ったほうがよいのではないだろうか。管見に入るかぎり、初級・中級用の教師用指導書の類では自然可能的な受身が扱われておらず、中上級用の白川博之監修(2001)で、「引用」の項目でようやく自然可能的な受身の説明が表れてくるが、ごく簡単にしか触れていない。
(注)
1
次の四つの枠組みで示されている。
1.〈人〉は〜に[〜を](ら)れます→N1はN2に受身動詞
2.〈人〉は〜に〈所有物〉を〜(ら)れます→N1はN2にN3を受身動詞
3.〈物〉が/は〜(ら)れます→N(物/こと)が/は受身動詞
4.〈物〉は〜によって〜(ら)れます→N1はN2(人)によって受身動詞
2
合計28例あり、非情の受身21例(75.0%)、二格1例(3.6%)、迷惑の受身4例(1.4%)、ヲ格1例(3.6%)、主語の省略11例(39.3%)、自然可能的受身4例(14.3%)、使役受身1例(3.6%)である。
3
文型1 YはXにVられます(受け身)
文型2 YはXにNをVられます(受け身)
文型3 YはXにNをVられます(所有物・体の部分の受け身)
文型4 YはXにViられます(迷惑の受身)
文型5 NはXにVられています(無生物主語の受け身)
文型6 NはVられます(無生物主語の受け身)
4
合計106例あり、非情の受身92例(86.8%)、二格7例(6.6%)、ニヨッテ格9例(8.5%)、カラ格0例(0%)、迷惑の受身9例(8.5%)、ヲ格2例(1.9%)、主語の省略16例(15.1%)、
自然可能的受身13例(12.3%)、使役受身0例(0%)
5
姫野昌子・伊東祐郎(2007)『日本語基礎B−コミュニケーションと異文化理解』(放送大学教育振興会)という読解テキストでの調査では、合計117例中、非情の受身76例(65.0%)、二格5例(4.3%)、ニヨッテ格2例(1.7%)、カラ格2例(1.7%)、迷惑の受身13例(11.2%)、ヲ格4例(3.4%)、主語の省略41例(35.0%)、自然可能的受身30例(25.6%)、使役受身0例(0%)となり、非情の受身と自然可能的受身の例が目立つ。
(調査資料)
国際交流基金日本語国際センター(1981)『日本語初歩』凡人社
坂野永理・池田庸子・大野裕・品川恭子・渡嘉敷恭子(2011)『初級日本語[げんき]Ⅱ』The Japan Times
スリーエーネットワーク編(1998)『みんなの日本語・初級Ⅱ本冊』スリーエーネットワーク
スリーエーネットワーク編(2001)『みんなの日本語・初級Ⅱ・教え方の手引き』スリーエーネットワーク
スリーエーネットワーク編(2008)『みんなの日本語・中級Ⅰ本冊』スリーエーネットワーク
スリーエーネットワーク編(2010)『みんなの日本語・中級Ⅰ・教え方の手引き』スリーエーネットワーク
スリーエーネットワーク編(2012)『みんなの日本語・中級Ⅱ本冊』スリーエーネットワーク
筑波ランゲージグループ(1992)『SITUATIONAL FUNCTIONAL JAPANESE VOLUME THREE:NOTES』凡人社
東京外国語大学留学生日本語教育センター編(2010)『初級日本語・下』(凡人社)
東京外国語大学留学生日本語教育センター編(1994)『中級日本語』(凡人社)
東京外国語大学留学生日本語教育センター指導書研究会編(2009)『直接法で教える日本語』東京外国語大学出版会
NAGANUMA(1944)『FIRST LESSONS IN NIPPONGO』財団法人言語文化研究所(1997)
(参考文献)
今井新悟(2010)「間接受身再考」『日本語教育』146号
奥津敬一郎(1987)「使役と受身の表現」『国文法講座・第6巻』明治書院
河路由佳(2010)「長沼直兄(1945)『FIRST LESSONS IN NIPPONGO』の成立と展開−長沼直兄の戦中・戦後−」『東京外国語大学論集』81号
川村大(2003)「受身文の学説史から」『言語』32巻4号
金水敏(1991)「受動文の歴史についての一考察」『国語学』164集
金水敏(1993)「受動文の固有・非固有について」『近代語研究』第9集
白川博之監修(2001)『中上級を教える人のための日本語文法ハンドブック』スリーエーネットワーク
鈴木一彦・林巨樹編(1985)『研究資料日本文法・第七巻』明治書院
高見健一(1995)『機能的構文論による日英比較』くろしお出版
田中章夫(1958)「語法からみた現代東京語の特徴」『国語学』9号
寺村秀夫(1982)『日本語のシンタクスと意味Ⅰ』くろしお出版
土屋信一(1962)「東京語の成立過程における受身の表現について」『国語学』12号
松岡弘監修(2000)『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』スリーエーネットワーク