明治天皇の御製歌
○
世の中はたかきいやしきほどほどに 身をつくすこそつとめなりけり
大意:世の中に生まれ来たる時は、貴賎上下の差別はさまざまに分かれて居るであら
うが、それが世に処するには其れぞれ身分に相応して(ほどほどに)、自分の誠心の限
りを尽すのが務めである。
○
国をおもふ道に二つはなかりれり いくさのにはにたつもたたぬも
大意:銃を取り剣を手にして、国の為め、戦場に向ふもあらう、また家に留まって、
国の富其他公務に勉めて居るものもあらう、花々しく戦に出て、国に尽すのは実に立派
で、其れに比べて国で平常の様に仕事をして居るのは不忠の様に見えるが決して左様で
はない、戦場に立つも家に居るのも国を思ふ道に二つはないぞ。
○
ひらけゆく道に出でても心せよ つまづくことのある世なりけり
大意:平々坦々として砥の如き路に出でゝも注意せよ、石に躓く事もある世の中であ
るぞ、人生の行路は幾ら文明の世と開けてゆくも、便利、自由に慣れて、迂闊すると失
敗のあるものである。
○
いそのかみ古きためしをたづねつつ 新しき世のことも定めむ
大意:新奇を好みたがるは免るべからざる人情であるが、万事、古き歴史を持って居
るから、其本を忘れてはならない、かるが故に今後新しい世の中に必要な事を制定める
にも故事来歴よく古来の習慣を尋ねて、徐に新しい事物を定めるやうにせむ。
○
うつせみの世のためすすむ軍には 神も力をそへざらめやは
大意:朕が一身のためでなく、世界の平和の為、国民幸福の為に、大義名分に従って
進める軍には、神明も受けたまひて、その力を添へないで居られやうか、必ず力を添へ
てくれるに相違ない。
○
国民コクタミの一つこころにつかふるも みおやの神のみめぐみにして
大意:我日の本の臣民が、一つ心になりて、この日本国の為めに、力を尽くし、朕に
忠実に心を入れて尽くすのも、皆これ皇祖皇宗の御恵みにてある、朕が徳ではないぞよ、
との御意を含ませらる。
○
家富みて飽かぬこと無き身なりとも 人のつとめを怠るなゆめ
大意:家が富み何不足なき身分なりとて、人並に働くべき職務を怠ってはならぬぞ。
○
おもふこと貫ぬかむよをまつほどの 月日は長きものにぞありける
大意:我が平生志して居る事を貫き徹す時を待つ間の月日は、随分永いものであるよ。
「鏡」
榊葉にかけし鏡をかがみにて 人もこころを磨けとぞ思ふ
大意:神前にある榊葉にとりつけた鏡を、自分の鑑(手本)にして人々もその心を磨
き修めよと思ふぞ、の御意。
「剣」
ますらをがつねにきたへし剣もて 向ふしこぐさなぎつくすらむ
大意:戦場に出で向ふ軍人が平常から鍛へ置きたる剣を手に握り持ちて、我が日の本
に刃向ふ外国の醜草シコグサ(敵)を薙ぎ尽すであらうよ。
○
国民の力のかぎり尽すこそ 我が日の本のかためなりけれ
大意:我国民の力のある限り、軍人は武を練り兵を鍛へ、文人は国を修め智識を拡め、
科学の力を応用して国富を増進し、農人は五穀を作り、民を飢しめず、婦人は良人に家
の後顧なからしめん事を志し、商人は商人、各々本分を尽して居るが即ちこの我日の本
の、千古万古安全の堅となるのである、日本人民は全力を挙げて自己の本分を尽し、国
家を安全にするがよい、其れが行く行く後々までの日本の堅固となるのであるぞ、との
御意と拝す。
「田家翁」
子等はみな戦争のにはに出ではてて 翁やひとり山田守るらむ
大意:戦争の折柄国民の子弟はいづれも戦場に出てしまって家に残る男子といふは、
老翁ばかりであるだらうに、その老翁が一人、農業をつとむるために山の田を見まはっ
たりして家の留守居をして居るであらう、あゝ気の毒なことであるよ、との御意。
「心」
ともすればかき濁りけり山水の 澄せばすます人の心を
大意:澄んだまゝ静かにして置けば、清らかな山水のやうな人の心を、やゝともする
と(ともすれば)手をつけてかき濁し善いのを悪くしてしまふ、濁すものさへなければ、
人の心は元来山の清水の如く澄んで居るものであるのに。
「筆」
国のため揮ひし筆のいのち毛の あとこそ残れよろづ代までに
大意:国家のために書いた(ふるひし)筆のいのち毛の跡即ち文字文章は、万々代ま
でにも残って居る、その人は無くなっても、其筆にて事蹟が残るのは実にえらい力では
あるよ。
「夏氷」
夏知らぬ氷水をばいくさ人 つどへる庭にわかちてしがな
大意:夏の暑いといふことを知らないほど寒く思はれる氷水をば、一滴の水だにない
戦場の軍人の集まって居る処に分けて遣りたいものではあるよ。
「寄草述懐」
むらぎもの心をたねのをしへぐさ おひしげらせよやまとしまねに
大意:心の種として調べ上げた誠の道の教へ草となる和歌を、大和島根なる日本の国
中に、生ひ茂らせよ、普及せしめよ。
「賎家」
賎シヅがすむわらやのさまを見てぞ思ふ 雨風あらきときはいかにと
大意:貧しき賎しい民の住んで居る、小さな藁屋の家の粗末な有様を見るに付て思ふ
には、この雨や風の烈しく吹く際には如何して暮らして居るだらうか。
「忠」
うつせみの世はやすらかにをさまりぬ われをたすくるおみの力に
大意:世の中はいと安らかに治まって、天下泰平である、これは実に我が一人の力で
はない、皆下、臣民(をみ)が忠良に働き務めてくれる力である。
「述懐」
末つひにならざらめやは国のため 民の為にとわがおもふこと
大意:斯くしたら国は富むであらう、斯くしたら国は強くなるであらうと、日夜人民
の為に心を砕いて、安かれとわがおもふ事は、どうして遂に成就せずに居やうか必ず成
就するであろう、成就するに相違ない、との御意。
○
ものまなぶ道にたつ子よ怠りに まされるあだはなしと知らなん
大意:人の道を学ぶ子等よ何事でも怠るといふことは、自分の身の敵である、自分の
身を殺す仇敵である、此敵に勝つやうに勉めなくてはならぬ、怠情に勝る敵はないと知
ってくれよ。
○
我心およばぬ国のはてまでも よるひる神は守りますらむ
大意:我が国家を思ひ国民を思ふわが心の、至らぬ処はないかと日夜心をかけて居る
が、仮令至らぬ国があるにしても、そのわが心の及ばぬ国の果までも、国家を守護する
神は必ず守って下さるであらう。
「軍艦の凱旋を」
湊江ミナトエに万代よばふ声すなり いさをを積みし船や入りくる
大意:港の方に方って、万歳歓呼の声が聞ゆる、戦の勲功を積みし軍艦が雄姿堂々と
して入港して来るのであろう。
○
山をぬく人の力もしきしまの やまとごころぞもとゐなるべき
大意:山を抜くといふ程の勇猛な力は何処から来るかといへば、それも敷島の大和魂
が基礎であらう、の御意。
「芦間舟」
とるさをの心ながくぞこぎよせん あしまのをふねさはりありとも
大意:芦繁く茂り合ふ間を漕ぎ行く舟は其の芦に妨げられて、なかなかに漕ぎがたい
ものである、その様に人の世も、志た目的を達するのはむづかしいが、棹の長いやうに
気を長くおちつけて、急がず迫らず、目的を達しやうよ、の御意。
「親」
たらちねのみおやのをしへ新玉の 年ふるままに身にぞしみける
大意:年々に新玉の新しき年を迎へゆくまゝに、身に染みわたるは、我が身を斯くま
でに育てあげた親の有り難い教へである、子を持ちて親の恩を知る、長じてこそ親の恩
が次第に有り難く覚ゆるのであるぞ、との御意と拝す。
○
たらちねの親の心をなぐさめよ 国につとむるいとまある日は
大意:誰も彼も国家の為に職務が多忙であらうが、その多忙の国務の余暇には親の心
をなぐさめてよく孝行をなせよ。
○ひとりたつ身となりし子ををさなしと おもふやおやのこころなるらむ
大意:もはや親の保護を受けず、他人の助力もからず、立派に独立して、何事もなし
得るやうになった子をも、なほ何時までも幼いものゝやうに思ふのは、子を想ふ親の心
であらう。
「行」
やすくしてなし得がたきは世の中の ひとの人たるおこなひにして
大意:易くしてさて難かしいものは、世間に立つ人の人たる価値の行ひにてある。
「机」
よりそはん暇はなくとも文机の 上には塵をすゑずもあらなん
大意:人々は己が家業の為に常に奔走して、常に忙しく、机に寄り添ふて勉学する暇
はないかも知れないが、よしや左様であっても、机の上には塵を溜て置かぬ心がけはあ
ってほしいものである。
「水」
うつはには従ひながら岩ほをも とほすは水の力なりけり
大意:水は方円の器に従ふ、四角なる器物に入れば水自ら四角、円き盥に入るれば水
自ら円し、器次第にて如何でもなるが、それでありながら、いざとなれば、時には急流
激して岩を貫き、家の如き大磐石を転ばし、雨垂石を穿つといふ事もある、実に水の力
はえらいものである、の御意。
「子」おもふことおもふがまゝにいひ出づる をさな心やまことなるらむ
大意:天真爛漫として、思ふことを思ふが侭に言ひ得る幼き子供の心が、人間の誠の
心であらう、誰れに心を置くこともなく、赤裸々として、歯に衣着せず言葉に其侭自分
の思ふことを言ふは、即ち誠の心ではあるまいか、との御意と拝す。
○
たらちねのおやのをしへを守る子は 学びのみちもまどはざるらむ
大意:家に在って親の教へを守る子は、学校に行きて勉強をし、師に就き学問をする
場合にも、決して其の道に怠り惑ふやうなこともなく、正しき学問をなし遂ぐる事であ
らう。
「民」
千万の民よ心を合せつつ 国にちからをつくせとぞおもふ
大意:六千万の我が日本帝国の臣民よ、皆々心を一致させて、国に力を尽して呉れと
思ふよ。