『古今集遠鏡』その1

奥山に もみぢふみわけ なく鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき 猿丸大夫 巻四・秋上・二一五

秋は総体悲しい時ぢやが、其秋の内では又どういふ時がいつち悲しいぞといへば、紅葉ももう散って仕舞うた奥山で、その散った紅葉を鹿が踏み分けて歩いて鳴く声を時分がさ、秋の中ではいつち悲しい時節ぢや。

天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも 安倍仲麿 巻九・羈旅・四〇六

今かう空をづつと遥かに見渡せば、あれあれ海の上へ月が出たあああの月は故郷の三笠山へ出た月であらうかいまあ。

わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり 喜撰法師 巻一八・雑下・九八三

わが庵室は京から辰巳の方遠からぬ宇治山と云ふ所ぢや。外の人は此の山に住んでみても、京が近い故やつぱり世の憂いことがあつてどうも住まれぬ山ぢやと云ふぢやが。拙僧はこれ此の通りにさ年久しう住んでゐる。

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身よにふる ながめせしまに 小野小町 巻二・春下・一一三

ゑえ、花の色はあれもう、移ろうて仕舞つたわいなう。一度も見ずにさ、私は連れ添うて居る男について、心苦なことがあつて、何の頓着もなかつた間に、長雨が降つたりなどして、つい花はあの様にまあ。

わたの原 八十島かけて こぎいでぬと 人には告げよ あまのつり舟 参議篁 巻九・羈旅・四〇七

行先はいくらともなく段々にあまたある島々を過ぎて行くべき海上へ、今出船したと云ふことを、故郷の人には知らしてくれい。これあのあちへ帰つていくあまの釣船よ。

天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ 僧正遍照 巻一七・雑上・八七一

あの天女の舞の姿が、きつう面白いことで残り多いに、空を吹く風よ。あの天女が雲の中を通りて天へいぬる道を吹きとぢていなれぬやうにしてくれい。そしたらもう暫く留めて置いて、まそつとあの舞を見ように。

みちのくの しのぶもぢずり たれゆえに 乱れそめにし われならなくに 巻一四・恋四・七二四

誰故に外へ心を散らさうぞ。おまへより外に心を散らすわしぢやないぞえ。