2015-01-01から1年間の記事一覧

医学的グラフォロジー

医学的グラフォロジー 「筆跡は脳跡」 文字を書く・・大脳の働きに関係 大脳の一部(頭頂葉にある視覚性言語中枢)で文字がイメージされ、記憶プログラムの中から引き出される。 →前頭葉にある運動性言語中枢に伝達され、腕の筋肉に命令 →書字ウィルヘルム・…

犯罪学的グラフォロジー

犯罪学的グラフォロジー 【アメリカ】 「犯罪者プロファイリング」 1970代のアメリカ・FBI 過去のデータを基に、犯行を行動科学的に分析し、犯人の人格特徴や行動特徴を推定する手段(犯人像の推定) (基礎の仮説) ○特定のパーソナリティ・特徴を持つ人は…

武士のことば2

【武士の決まり文句】大義である・・ご苦労さん まかりある・・「有る・居る」の丁寧語 物申す・・抗議する おさおさ―打消・・めったに―ない 御光栄・・「来る」の尊敬語 ちょこざいなり・・なまいきな やくたいもない・・役にも立たない ぜひもない・・やむ…

武士のことば1

武士のことば大義である・・ご苦労さん まかりある・・「有る・居る」の丁寧語 物申す・・抗議する おさおさ・・めったにない 御光栄・・「来る」の尊敬語 ちょこざいなり・・なまいきな やくたいもない・・役にも立たない ぜひもない・・やむをえない 慮外…

筆跡の形成

【筆跡の形成】(経年変化) 1小学生 個性が未確立なため、筆跡個性も未確立。 2中学生 個性の確立、筆跡個性も表れてくる。流行文字は除く。 3成人 個性も筆跡個性もかなり明確になってくる。 4青年期・壮年期 一般に30歳前後で一生涯に通じる筆跡となる。 …

性格の三層構造

【性格の三層構造】 気質・・生まれながらのもの。遺伝的要素。 性格・・0から3歳までにつくられるもの パーソナリティ・・3歳ごろから現在までにかけてつくられたもの

フランスでの筆跡の地位

フランスでは、筆跡心理学者・筆跡診断士は国家資格に匹敵する権威ある職業である。企業の80%以上が、人事や採用の際に何らかの参考にしている。大学によっては教養課程で筆跡心理学を学べ、また、進路指導・人生相談などのカウンセリングに活用されている。

海外の筆跡心理学の歴史

【海外の筆跡心理学の歴史】 ヨーロッパでは、近代に入ってからフランスのミション(1806−1882)が1857年に『筆相学大系』を著し、1896年にハンス・ブッセはドイツ筆相学協会を設立し、クレペリンは筆圧計を作りました。こうして筆跡学は発展し、犯罪捜査に…

日本の筆跡診断の歴史

【日本】大正末期から筆跡が研究され始める。 1呉秀三(精神医学者) 日本人の筆跡を科学的に分析 精神病者の筆跡特徴を研究2黒田正典(心理学者)・町田欣一(警視庁科学検査技師) 筆跡とパーソナリティとの関係性を肯定3森岡恒舟(東京大学文学部心理学科…

筆跡

「書は人なり」と言われます。文字には人の性格や深層心理が反映されます。フロイトの考えにあてはめると、「無意識の世界が人間の何気ない行動や文字をコントロールしている」ということができます。基本的に性格(パーソナリティ)は変えることができるの…

対処行動・表出行動

「対処行動と表出行動」 対処行動 表出行動 目的・動機がある 目的・動機がない ある直面における必要と状況により決定 より深い個人のあり方を反映 自分で制御しやすい 自分で制御しにくい 意識的 無意識

筆跡判断法

クレピュー・ジャマン(仏)『筆跡と性格』の筆跡判断法 【形態】 角ばったもの・・かたさ 丸みがある・・柔らかさ わざとらしい・・自発性の欠如 習字的・・平凡 糸状のもの・・了解不能性 閉鎖的・・ひかえめ 単純化したもの・・教養 【大きさ】 のびのび…

家庭の幸福(墓相の視点)

家庭の幸福 1家中が明るく、健康で話し合いのできる家庭であること。 2世の中の好不況を問わず、家庭経済がしっかりとしていること。 3立派な相続者がおり、不良児や反逆者が出ないこと。 4自分を中心として三代(祖父母・子・孫)の血のつながりを味わうこ…

仏壇の位置について

○仏壇は、その家の先祖代々の霊位を位牌にして祀る家庭内の墓の遥拝所。東南か東向きになるようにすると説明されるが、諸説ある。 1西方浄土説 西方浄土に向かって拝むために、西の位置に仏壇を置く(東向きにする)。あるいは、仏壇を東の位置に置き、仏壇…

『古今集遠鏡』その3

このたびは ぬさもとりあへず 手向山 もみぢのにしき 神のまにまに 巻九・羈旅・四二〇此の所の旅は御供ゆえ、ぬさも得用意致さなんだ。其れ故、神は御心まかせにと存じて、即ちこの山の紅葉の錦をそのままで手向けまする。山里は 冬ぞさびしさ まさりける …

『古今集遠鏡』その2

君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ 巻一・春上・二一そこもとへ進ぜうと存じて、野へ出て此若菜を摘んだが殊の外寒い事で、袖へ雪がふりかかつて、ほとほとなんぎを致してつんだ若菜でござる。立ちわかれ いなばの山の 峰に生ふる …

『古今集遠鏡』その1

奥山に もみぢふみわけ なく鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき 猿丸大夫 巻四・秋上・二一五秋は総体悲しい時ぢやが、其秋の内では又どういふ時がいつち悲しいぞといへば、紅葉ももう散って仕舞うた奥山で、その散った紅葉を鹿が踏み分けて歩いて鳴く声を時分が…

荘子の思想

2荘子 老子は、実在の人物でなかったともいわれるが、荘子は紀元前4世紀ごろ実在したとされる。荘子はとらわれのない自由な精神を徹底させた。王様が、彼に宰相になってくれと頼んでも放置した。最愛の妻が亡くなったとき、「生も死も本来一緒だったのだ」と…

無為自然

○道・・万物の根源 万物を生み出し、育て上げるが、自己主張しない。目に見えず「無」ともいえる。大自然の神秘的な働き。 ○無為自然・・道に従う生き方 自然のあるがままのはたらきと一体になり、無欲に生きること。ぜいたく、虚栄を捨てた生き方。 ○柔弱謙…

荘子とは

荘子 老子は、実在の人物でなかったともいわれるが、荘子は紀元前4世紀ごろ実在したとされる。荘子はとらわれのない自由な精神を徹底させた。王様が、彼に宰相になってくれと頼んでも放置した。最愛の妻が亡くなったとき、「生も死も本来一緒だったのだ」と…

近現代の日本の儒学

近現代の日本の儒学と政治思想(朱子学)・・東京大学・京都大学を中心に中国哲学として発達。学問としての政治学と結びつく。 丸山真男・・マルクス主義的 加地伸行・・教養主義的(陽明学)・・知行合一としての実践としての側面を生かし、積極的に政治に…

韓非子と墨子

韓非子(法家を形成)韓非子は、荀子の弟子だった。荀子は性悪説を根拠に、礼による矯正を重視する徳治主義(礼治主義)を説いた。韓非子は、性悪な人間は刑罰をともなわない礼では矯正できないとして、法治主義を採用した。 ○法治主義・・性悪説を根拠に、…

荻生徂徠の思想

荻生徂徠(古学の発展−古文辞学) 荻生徂徠は、伊藤仁斎に弟子入りを志願したが、その意志を伝えた手紙に対し、仁斎から返事はなかった。仁斎が重病で返事がなかったのだが、徂徠は仁斎を誤解し、仁斎批判を始めたといわれている。同じ古学でも、仁斎と徂徠…

老子とは

老子(道家の創始者) 老子と荘子の思想は、道に従って生きることを説いたので、道家と呼ばれる。道家の道は、道徳のことではい。老子たちの道は、万物の根源で、それ自体は無とされる。相当神秘的な思想である。諸子百家の中で、道家は異彩を放っている。彼…

日本の儒学1

日本の儒学Ⅰ1朱子学の日本における展開 儒学は、はじめ僧侶の教養科目として学ばれていた。藤原惺窩は、儒学に強い魅力を感じて還俗し、儒学を仏教から独立させた。 ○藤原惺窩 日本儒学の祖。仏教の非日常性、出世間性を批判。 ○林羅山 「上下定分の理」の強…

朱子学・陽明学概説

朱子学と陽明学1朱子学 儒家は、秦の始皇帝によって弾圧されたが、漢の時代には再興した。のちに儒学は、科挙(官僚の採用試験)の試験科目となり、盛んに学ばれた。朱子学は、12世紀に南宋の朱子(朱熹)によって生み出された新儒学である。 ○理気二元論・…

朱子学と陽明学

朱子学と陽明学1朱子学 儒家は、秦の始皇帝によって弾圧されたが、漢の時代には再興した。のちに儒学は、科挙(官僚の採用試験)の試験科目となり、盛んに学ばれた。朱子学は、12世紀に南宋の朱子(朱熹)によって生み出された新儒学である。 ○理気二元論○性…

近世の資料

(近世の資料)一 ある人のむすこ、九歳より十二の年の暮まで、手習ひにつかはしけるに、その間の筆の軸を集め、そのほか人の捨てたるをも取りためて、程なく十三の春、我が手細工にして軸すだれをこしらへ、一つを一匁五分づつの三つまで売り払ひ、はじめて…

荀子と性悪説

荀子と性悪説 孟子の30年ほど後に生まれた荀子も、孔子の徳治主義を支持した。ただし、人間の性質を悪だとし、その悪を矯正するための礼治主義を唱えた。 ○性悪説 人間の性質は、生まれながら悪であるとする。善は、後天的な教育、努力によるものと考える。 …

孟子の政治論

孟子の政治論 ○王道政治 有徳な君主による、人民の福利をはかる政治。⇔覇道政治(君主の私利私欲のため行う武力による政治) ○易姓革命 覇道政治を行う王朝については、天命があらたまり、王道政治を行う王や王朝に代わるとする考え。